ホークスの歴史こそ、日本プロ野球の進化の歴史である!!

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「福良監督の前のオリックス・阪急出身の生え抜き監督って誰なんだろう?」
というちょっとした好奇心で始めた監督の歴史シリーズも早6回目。

今回はホークスの監督の歴史をたどる。
ホークス…というからには、南海・ダイエー・ソフトバンクぜんぶやる。

しかも、いつもなら、
「球団の輝かしい歴史はみんな知ってるだろうから、ここではニッチな、今の若い子が知らなそうなことを掘り下げていく」
とか言うんだけど…南海末期からダイエー初期のホークス暗黒時代は、本当に燃えカスでなんにもないから、今回は黄金期の話もけっこうやる!

むしろ、野村克也が去ってから、寝業師:根本睦夫が来るまでは本当になにもない時期こそスルーして、野村以前と、根本以後の話をガッツリやる。

特に、今の若い野球ファンは鶴岡一人について書かれた記事をWikipediaでもニコニコ百科事典でもいいから読んで見て欲しい。

野球についての名言や文化を作ったのは巨人軍かもしれないけど…日本の野球の組織やシステムの基礎は、だいたい鶴岡一人や南海ホークスの誰かが作ったものだから!!

日本野球の父「鶴岡一人」と南海ホークス

1946年~1968年までの22年間南海の監督を引き受けた鶴岡一人さんは…監督という肩書だけど、今のプロ野球の監督よりも何倍も色んな仕事をしている。

  1. 球場建設に尽力したり
  2. 戦後間もない頃に選手の食料や住居の面倒も見たり
  3. スカウト組織を結成して自分自身でも選手を見つけ交渉したり
  4. 日本で初めて専属スコアラーを雇ってたり(データ野球ってほどではないけど、スコアラーや記録管理を熱心にやったのは鶴岡さん)
  5. 当時単純だった複雑なブロックサインを作ったり
  6. 歴代監督の中で唯一の通算勝率6割台(11回優勝2回日本一)

他の監督がやってないことや、鶴岡さんが日本初だと言われてることだけを並べてもこれだけある。

 

これに加えて、野村克也の

  1. 配球や癖を見抜いたデータを活用したリードや打撃…後の野村ID野球(専属スコアラーのメモからも影響を受けてると言われてる)
  2. 戦後初の三冠王にして、史上最大の打てて守れて勝てる捕手。
  3. 投手陣とクイックモーションを共同開発。
  4. 江夏豊を本格的なリリーフ投手として再生

南海時代の野村克也がやったことだけをまとめてもこれだけある。

 

加えて、何回のエース「杉浦忠」も、当時のエースとしては珍しい球数節約型で、柔軟性を重視した投手。

戦後プロ野球を代表する投手…特に300勝以上の投手の多くは、根性・強靭な下半身・豪速球と言ったものを重視する中、今の投手に重視されるような価値観をいち早く取り入れていた投手。

しかも、下半身は「鷹の爪」と呼ばれた南海のリードオフマン【広瀬叔功】に競争で勝つほど強かった。
盗塁王5回、盗塁数歴代2位、盗塁成功率も300盗塁以上の人限定で歴代1位の広瀬だよ!?それに勝るとも劣らない下半身の持ち主のピッチャーって…何!?

しかも広瀬、歴代2位だけど…「次のバッターのアシストに依存しない」で歴代2位というからすごい。

通常盗塁は、次のバッターのアシストがあって成り立つもの。
例えば、歴代一位の福本豊は、2番打者のアシストに頼る部分が多かったため、アシストに頼らず、勝負を決める盗塁をして、さらに成功率も高いのだから…2位ではあるものの、質では1位に引けを取らない凄い選手。

 

…長くなってきたからまとめよう。

南海ホークスの黄金期には、近代野球の価値観を先取りした人、近代野球でもなし得ないほどの超人的な記録・能力を持った人がゴロゴロいた

監督も指導者も、野球が30年~50年ぐらい時代を先取りしていて、今のプロ野球チームは鶴岡一人や野村克也が作った常識を取り入れてる!

 

それだけのことをしているため、鶴岡一人が11回優勝。野村克也が1回優勝。
ノムさんの優勝1回を見て「少ない」と思った人はいるかもしれないけど…むしろ、鶴岡さんの後を引き継いで、監督を8年もできてることがすごいんだよ…。
この2人しか南海で優勝できなかったわけだし…。

 

しかも、鶴岡さんは戦後でプレイングマネージャー兼任時代に優勝4回。
ノムさんは8年間一貫してプレイングマネージャーで通して優勝1回。

それも、ノムさんは引退間際ではなく、主力として試合に出ながら、優勝しなくても阪急と毎年死闘を演じての2位が多数。

しかし、野村克也が南海を去ると、南海の資金力で優勝争いできるチームを運用できる人はいなくなり…暗黒期を迎える。

 

つながっていないようで、実はつながってるダイエーホークスの歴史

鶴岡一人が作った、野球チームの首脳陣のあり方は、鶴岡さんだから南海の貧しい資金力でも運用できた。

普通ならば、鶴岡一人がした強いチームづくりを鶴岡さん以外でもできるようにするには、全体を見てチームに必要な人を補強するゼネラルマネージャー(GM)と、やりくり上手な監督が必要になるが…南海時代には鶴岡一人や野村克也といった一人で何でもできるスーパーマンがいなくなると、めっきり弱くなってしまっている。

 

鶴岡さんが勇退してから30年、鶴岡一人がやった編成や育成まで駆使したチーム作りは、ダイエーホークスで実現することとなる。

というのも、名ゼネラルマネジャーで「球界の寝業師」の異名を取る根本睦夫が、監督として就任する。
しかし、監督というよりは兼任したホークスの代表取締役専務と球団本部長としての顔こそが後のホークスを強くする。
根本自身その自覚があったらしく、監督就任2・3ヶ月の頃から王貞治にラブコールを送り続けて、王貞治をダイエーの監督にすべく奮闘していた。(しばらくは本気で口説かれてることにさえ気づいてもらえないほど、王さんはイメージできない話だったそうだけどね

 

その辺のところは面白いので、この記事を読んでもらうといいよ。
【根本陸夫伝】 頑なにダイエーの監督を拒む王貞治をくどき落とした男

 

確かに、根本さん自身の監督としての成績はぱっとしない。
ただし、本人が監督として勝つことよりも、秋山幸二や王貞治、さらにはダイエー黄金期を支えることになる城島や井口、松中などダイエー黄金期を支える監督と選手をあら方揃えたのは、根本さんだ。

 

才能ある選手が充実していたのではなく、誰かがキチッと運用すれば優勝できるところまでお膳立てした上で、王さんに引き継いでいる。
その証拠に、「何があっても5年監督を任せる」と5年契約にして、5年目に優勝している。
何もかも計算ずくで、王さんにバトンタッチしているとしか思えない完璧な引き継ぎをしてる!!

 

しかも、世の中の人がまだ知らない王さんの才能に気づいていたのだからすごい!!
監督としての王貞治…とくに巨人時代の王監督は、選手との確執が耐えない気の短くて意見を譲らない監督だった。
戦績こそ悪くなかったが、巨人時代だけを見ると、監督としての資質が高いとは言えず、実際問題巨人時代の王さんをいい監督だと言う人は見たことない。(藤田監督や長嶋監督を慕う野球選手の声は聞いたことあるけど、巨人時代の王監督にお世話になったと言う声は…僕の知る限り聞いたことない)

 

ダイエーの監督を引き受けて、ある程度丸くなってからの王さんを慕う声はすごく多いよ?
でも、いい評判の少ないの人の態度や発言から、いい方に人間が変わっていい結果を出すように予想するのはすごく難しい。
ましてや、いい方に変わると信じてその人に自分の仕事の続きを引き継いでもらおうなんて考えられる人は、よほど頭がいいか、信頼しているかのどちらか。…そう考えると、根本氏は本当にすごい!!

 

その後は言うまでもないかな?
秋山幸二や工藤公康、王貞治が、勝利への執念や野球選手としての誇りみたいなものを植え付けていく。
秋山の背中を追いかけ、工藤や王に怒られた人達がホークスを常勝軍団にしていく。

 

今でも続いているホークス特有の熱気や明るさ、激しい競争はこの時代に作られている。

時代が途切れているようで、南海とダイエーはチーム作りを監督や現場にやっていこうとする考え方は近いし、ダイエーとソフトバンクは勝利への執念と熱気と競争で相手を飲み込んでいくスタイルは近い。

 

ちなみに、鶴岡さんは南海勇退後に他の球団の監督をやりそうになったが、タイミングが合わなかったり、フロントにモノ申す鶴岡さんを煙たがって、結局解説者の仕事に収まってる。

面白いのはタイミングが合わなかったのが今のヤクルトで、後に野村克也が乗り込んで大改革するというチーム。
もっと面白いのが、鶴岡さんにチームのあり方を変えられるのを嫌がった球団の1つが阪神なんだけど…結局、30年後に、南海出身の野村克也にチームのあり方を変えるように進言され、星野仙一にも同じことを言われることになる(超変革するチャンスが50年も前にあったのに、結局変革し始めたのが15年前というね…。)

 

ただ…根本さんが去った後のダイエーは、一時的に迷走するんだよなぁ…。
秋山・工藤・小久保に冷や飯を食わせて、職員にセクハラをするような人が、オーナー代行として実験を握って、小久保を巨人に無償トレードするという謎の暴走。

 

小久保の無償トレードに怒り狂ったダイエーファンと職員が、汚職とセクハラを告発して解任に追い込み…その後セクハラで捕まるところまで追い詰めるほど、問題が激化。
そして、ソフトバンクの時代へとつながっていく。

 

南海の人材起用術+ダイエーの熱気+ソフトバンクの黒字化と技術力=最強

ダイエー時代、チーム再生の道筋を立て、再生の下準備と裏方をして王貞治を支えた根本睦夫さんが1999年に亡くなってしまう。
その後、一時的にダイエーはリクルートから来たオーナー代行によって私物化され、気に入らない選手が追い出されたり、功労者に対して年俸を下げられるなど悪行の限りを尽くた。

 

一時的に、根本睦夫さんが作った現場がチームを考えて作り上げる文化は絶えてしまうが…ソフトバンクになってからこの文化は復活する。

 

王貞治は監督勇退後も、球団会長として松坂の日本球界復帰や、柳田悠岐の獲得などに関わる。
特に柳田については、現西武の秋山翔吾とどちらを取るか悩んだ時に「飛ばす方を取れ」と言って柳田を獲得。(逆に、マイナス思考の秋山がソフトバンク入ったら、どうなるかはすごく見てみたいけど
しかも、スラッガーを育てるために、三振が多くてもフルスイングを徹底させたことが、後のトリプルスリーへとつながっている。

 

南海時代から続くいいチーム作りを引き継ぎ、ダイエー時代のいい文化だけを復活させて引き継いでいるだけでも、いいチームだ思うのだが…ソフトバンクはさらに球団を「黒字化」させる。

 

この黒字化が重要なポイント。
現在、ソフトバンクホークスの給料は他のプロ野球チームに比べて飛び抜けて高い。
それを可能にしているのは親会社の力…ではなく、独立採算で黒字化に成功してる。

 

これは、南海でもダイエーでもできなかったこと。(それどころか、パ・リーグの殆どの球団は歴史的にずっと赤字続きだったから、パ・リーグで黒字化できた事自体がすごい
だからこそ、南海もダイエーも貧乏球団だったから、素晴らしい組織や雰囲気を作っても、金の切れ目や、野球チームを作ることに興味のないサラリーマンが出てくると、チームづくりの文化はその都度潰れていた。

 

しかし、ソフトバンクは南海・ダイエーで積み上げてきた良さをマネタイズすることで安定させ、ITの力でより細かく選手をケアできる体制・監督や会長に情報が入る状況を作っている。

 

球団を私物化することや、選手が積み上げたものを取り上げることって誰も幸せにならないんだよ。
「がんばりや専門性よりフロント都合の編成→チームは弱くなる→観客来なくなる→オーナーや親会社の人間とギスギスする」
という悪循環をたどるから。(親会社から来た官僚的な人や、私物化する一部のオーナーは平気でそういう事するんだけどさ…)

専門家がやってることをお金に変えるやりくり・やってほしいことの指示や提案、より仕事しやすい設備を整えて競争や成功をバックアップ…ソフトバンクはそれができてる。
「任されるから専門的にいい選手を取れていい指導もできる→指導が結果になるだけでなくファンの声援があるからよりやる気になる→結果を出せばお金をもらえる→居心地がいいからいい選手が移籍せずに残る」
…こんなチーム、オーナーや親会社の人を悪いようにはしないだろう。

 

ソフトバンクは「選手が」「監督が」というよりは、黒字化できてることやお金が払えること、王会長が選手を選べることなど、体制がもたらしているところにこそ安定した強さに直結してる。
いや、いち早くスカウティングする力をつけ、スコアラーを雇って球団としての新しい体制づくりをした南海ホークスの後継球団なんだから、経営や組織の部分で大きな変化を先取りしていくのは、とてもしっくり来るけどね。

 

それこそ、鶴岡監督や、根本・王によるダイエー再生、最近のソフトバンクの記事を読んでいくと
「あれ?鶴岡監督のやりたかったことを、よりお金をかけ、長く続けていけるように適切に分業してやってるのが、今のソフトバンクでは?」
とさえ思える。

 

「ホークスは不滅」
と言った人がいるけど…本当にそうで、断絶しているようで歴史単位で見ると「ホークスが強い時は、チームや監督が素晴らしいだけではなく、経営的な体制・組織づくりの素晴らしさもチームにいい影響を及ぼしている」という不思議な共通項がある。
南海・ダイエー・ソフトバンクかかわらず、チームのやりくりや采配、在籍した選手というよりは…画期的な組織やチーム全体の改革の結果がグラウンドに出ているように見えて仕方がない。

 

南海黄金期のことはもうちょい掘り下げたい。

南海のやってること現代野球の基礎になってるか、現代野球以上のことを実現してるから何をどうやってそうなったのか…それだけ強くて進んだ野球を当時の人はどう見てたか…すごく興味がある。

 

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巨人・西鉄・横浜を優勝に導いた名将「三原脩」を持ってしても優勝できず、阪急を再生した「西本幸雄」がでさえ、仰木彬・杉浦忠という豪華なコーチ陣と歩んでも優勝まで6年かかったチーム。それが近鉄。
12球団で最も優勝させるのが難しいチームは、実は近鉄。
だって、勝てる人を正しく呼んで、任せて…それでも近鉄は勝てないんだから!!

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