文章が下手な人と報連相が下手な人は、共通して要約が下手 – 青二才は振り向かない!!

文章が下手な人と報連相が下手な人は、共通して要約が下手

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子どもの頃、父から「結論から言って」と言われることが多かった。

子どもだから当時は気づかなかったのだが、これが今思うと重要な教育だった。

というのも、ブログにも、目的のあるコミュニケーション(例えば、報告連絡相談)にも「結論から」はすごく大事なことだから。
結論から言わなくてもいいんだけど…「結論から言えるぐらい言いたいことがはっきりしてる」のはとても大事。

言いたいことを要約してからメディアごとに組み立てを変えていく

文章の上手い下手の、最も大きな要素は「言いたいこと・やりたいことが伝わるかどうか」だと思う。
これは、ビジネスの報連相でも、ブログ記事でも、小説や物語でも変わらないと思う。

 

そのときに、「結論から」言って、聞かれたことを継ぎ足していくと「報告連絡相談」になる。

その時に、言いたいことに向かって、「なぜ書こうと思ったか」「調べていくとこういうデータや考え方があって」「こういうふうに考えた(言いたかった)」という考察や、意見表明をするとブログになる。

小説・物語の場合は少し特殊で、言いたいことを決めた後に、それをキャラクターに落とし込む必要が出てくる。

 

ビジネスの報告連絡相談が、報告・連絡が本文で、相談や上司・顧客からの質問が注釈に当たる。

ブログ記事は、結論が検証結果や自分の考えで、本文はそれをしっかりと裏づけたり、考えていく楽しさを表現していくメディア。

でも、小説・物語の場合は、結論を一度、キャラクターや世界観に膨らませて、もう一回本文やストーリーとして、圧縮し直す。

 

例えば、「強くなりたい」みたいなテーマがあったとする。
これを他人に言う時はそれをそのまんま…強いて言うなら「言いやすい空気感を作って」言えばいい。
ブログだったら、「弱い時の自分」についてすごく語ったり、あるいは「自分が強くなるために自分がやってること」を紹介してそれをコラムやエッセイ調に紹介する。

これが物語になると、学園最弱のキャラクターを考えて、その人がすごく努力家だけど才能がなくて…それでも強くなりたい的な話を作る。
でも、いきなり一番強いやつ倒しても話として面白くないから学校で5本の指に強い女の子(恋人願望?仲間願望?をメタファライズしたキャラ)に戦いを挑んで仲良くなる(強くなるヒントを見つける)話から順番に…。

 

物語はぼくは、話を設定の中に落とし込んで、再度膨らませるのが下手だからよーやらんけど…言いたいことは1つ。

何を作るにせよ、誰と話すにせよ、言いたいことが定めるべし!そこがブレて矛盾したり、自分でも何を言ってるかわからない人は、何も伝わらない」

ということ。

 

文章が下手な人は前半と後半で主張が変わっていたり、なんで必要かわからない冗長な場面を自作の小説に盛り込んだりするような人なわけ。

目的意識や、言いたいことを突き詰めて圧縮する作業が甘いから、文章内に矛盾ができたり、いらない話にすっ飛んだりするわけ。

 

…偉そうに言ってるけど、「言いたいことを言い終わった後のぼく」は、言いたいことがなくてむだ話気味になったり、話を切るタイミングを逃しがちだけどね…。

リアルなコミュニケーションが苦手な人でもブログなら文章がうまくなれる

作家にはひねくれている人が多いし、ブロガーには実際に会ってみると「話は面白いけど、うまく切り抜けるのが下手で、人と話すのがしんどそう」な人が多い

 

アレはなんでかというと…文章やビジネスのための連絡は「言いたいことをはっきりさせる作業」であるのに対して、私的な人間関係には「オチのない話をしちゃダメ」ということはないから。

そういう意味だと関西人の「で?オチは?」という文化は、兵庫出身のぼくにとってはコミュニケーションを取る上で救われてる。
だけど…東京の人や東京暮らしが長い人、何も考えてない人と話す時には「オチがない」「言いたいことがあるのかないのかわからないから話を切れない」というのがあるからすごくしんどい。区切るところがないから、どこで区切っていいかいつも困る。

 

文章書く人って良くも悪くも論理的すぎてしまう。
オチがないとか、あてのない雑談がしたい人を相手に無駄にがんばりすぎてしまったり、逆に意図が読めなくて会話が弾まないことが起きてくる。

要点を伝えあった後の雑談みたいな状況は、自分で好きなものを作ってる時、人に伝えたくて何かを作り込んでる時には存在しない状況だから、そこにすごく弱い。

 

…だから、文章なんか書けなくていい人は書けなくていい。
目的のある用事には「言いたいことを簡潔に伝える」のではなく、「共感力の高い返事を考える」という別の解法で乗り切ればいいから。

一方で、文章を書くのが得意な人や、文章を書いて言いたいことを伝えるほうが疲れない人は、「言いたいことを簡潔に伝える」「簡潔に言いたいことを要約した後、相手が欲しがるような面白い情報・ストーリーを肉付けしていく」という形で、コミュニケーションを取るようにしていくと、対面では言葉が出ない人でもうまく言葉が出てくる。

 

文章を書ける、うまく見せるために必要なスキルを抑えることは別に絶対的な正解ではない。

一方通行のコミュニケーションや、むだ話がないことを前提とした空間なら強い。
だけど、双方向で状況変化が激しい会話や、むだ話が入る状況、その場にいることや返事を贈ること自体の「形」が重要になるコミュニケーションにはあんまり向いてない。

 

だから、文章が下手でわかりづらい人でも気にすることはないし、うまくなったらなったで、別のスキルもバランスよく鍛えないとバランスが保てなくなる。

それでもこういうテーマで、「要約できると文章うまくなるぞ」「文章うまくなって、構造を理解できてるとブログや創作、日常の報連相がスムーズに行くぞ」って書いているのは、それがわかることで救われる人もいるからです。

 

これは向いてない人もいるので、損切りしてもいいどうでもいいスキル。

でも、向いている人はすげーがんばったら、友達が増えたり、仕事や趣味の幅が広がる素晴らしいスキル。

文章なんてそんなもんっす。

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