【アクタージュ3巻感想】役者は作品のクオリティを上げるプロじゃないといけない

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最近、ドハマリしているアクタージュの3巻を読んだ。

 

あらすじ

この巻では、2巻に続いて「デスアイランド」という映画の撮影。
主人公の夜凪景と正反対に、「売れる作品(キャラ)を世に出す能力」が高い百城千世子にスポットが当たるお話。

自分の人格さえ豹変させて演技する夜凪と、自分の人格とは別に「売れること、作品を特化させること」に特化した千世子。

監督はこの二人がぶつかり合うシーンが盛り上がるように、二人を別々に読んで焚きつける。

千世子には
「夜凪が暴走しそうになったらうまくまとめて」
という。

夜凪には
「千世子の演じている【仮面】にヒビを入れてほしい」
と。

 

 

そして、相反する才能を持つ才能を持つ二人のシーンが撮影されていくのだが…撮影に使っていた離島が台風に襲われてしまう。

千世子は作品を完成させるプロであると同時に、クオリティを上げるプロ

芸術家肌な演出家や役者たちには素を見せないで演技し、ひたすら売れるために必要なことだけを積み重ねていく彼女は陰口を叩かれたり、実力を認めた上で苦言を言われがち。

 

だが…彼女は制作陣に無茶を言わないいい子ちゃんであったり、作品を完成させるために妥協するような人物ではない
むしろ、妥協しない代わりに役者への負担がかかる厳しい環境、批判を受けかねない制作陣への介入をしてでもクオリティを上げていくストイックな側面を持つ。

 

そこが、すごいところ。
いくら作品を完成させるプロ、商業的なベースにのせるプロと言っても、顔を出している役者だからこそ、クオリティ面で妥協したりしない。

 

クオリティ面で妥協してでも自分たちの要求を通したり、形にしようとする広告代理店や芸能事務所から来たプロデューサーとはそこがぜんぜん違う。

アクタージュ好きな人はSHIROBAKOも見てほしい

2巻で「作品を完成させるプロ」という話をやっちゃったから、3巻の感想書く上で「じゃあ、役者目線のプロと、プロデューサー目線のプロってどこが違うか?」という話をしたいと思って、色々考えてたら…SHIROBAKOのことを思い出した。

アニメオタクの方々には有名な作品だから知ってる人も多いとは思う。
だが、アクタージュがジャンプ作品なので、オタク以外の人もアクタージュ好きで、このブログ見てる人もいるからちょっとだけSHIROBAKOの概要について説明。

SHIROBAKOはTVアニメができるまでの肯定を制作進行・アニメーター・声優などそれぞれの登場人物の目線で追いかけていく群像劇の要素がある、お仕事系アニメ。
(クレヨンしんちゃんや美味しんぼなどの)制作進行からキャリアをスタートさせた監督になった水島努監督が自身の体験談をふんだんにアニメに落とし込んだ作品。

その中でも、「作品を通じてやりたいこと」が、立場によってぜんぜん違う。
細かいところはSHIROBAKOを見てもらえれば、分かるかと思う。
傾向だけ言うと、アニメ制作に近い人の方が熱心な人が多く、逆にアニメを作ることからは遠い人は熱量が低い。

例えば、アニメ化する原作の編集者なんて言うのはアニメ化の仕事に対して余計な仕事が増えたぐらいにしか思ってなかったり、
あるいは、芸能事務所・関連商品のプロデューサー達はとにかく自分の出す派生コンテンツに都合がいいキャスティングを望む。

利害のぶつかり合いを最も強く描いたのが…14話で声優のキャスティングを巡る監督や各々のプロデューサー達の攻防。
不毛なポジショントークの平行線が夜中まで繰り返される壮絶な戦い。

もちろん、お仕事としてやってる時点で、みんな何かしらの「作品を売れるように完成させるプロ」ではあるのだが…自分の利益になるようにするプロでしかないのよね…。
SHIROBAKOで言うと、アニメを作るプロが主人公だけど、マンガを編集して作品にするプロもいるし、キャラソンの音楽を出すプロもいるし、イベントのプロも出てくる。…利害が対立した時に物を言ったり、プロの力でうまく整えないとどんどん失敗した時のしわ寄せを食らうことになる。

 

アクタージュの場合も、役者でも監督・演出家でもない人が作品のクオリティを上げることに対してあんまり関心がないと言うか…表立って対立しないけど、釘を差してくる形の人がいる。

これ…まともな指摘だから悪く言い切れないところがあるのよね。

実際問題、この監督はこだわりを追求して苦労したと同時に、夜凪という人はクオリティを追求したくなるような監督・演出家をとりこにするだけの魅力のある役者だから…監督はかなり悩んでいるのよね。

作る側と売る側って、こだわってるところがぜんぜん違うし、逆に両方の言い分を尊重できる有能な人って、そうそういない。

だから、みんな「完成させるプロ」であり「滞りなく作るプロ」になっていく。
そうなっていくと、クオリティに妥協したり、同じようなキャスティングになったりしてだんだん作る側のこだわりがおざなりになっていく。…良くも悪くも仕事になってしまって、能力を120%開放したり、そこに挑戦することがなくなっていく。(そういうところに、120%のクオリティを追求させてくれる夜凪みたいな人って禁断の果実なのよね…いい意味でも悪い意味でも)

アクタージュって、そこのぶつかり合いを役者の中での考え方を中心にぶつかり合ってる作品。
SHIROBAKOだと、いろんな立場の人を拾い上げていく作品。

その違いはあるけど…描きたいものが近いから、アクタージュ好きな人は相性がいいと思うし、同時にアクタージュ見ながらキャラの理解を深めていきたい人はSHIROBAKO見てもいいと思う。
同時に、千世子関連のお話はSHIROBAKOで直面している問題も描かれてるけど、千世子が役者という立場でプロで、これまたSHIROBAKOとも違う。

何が言いたいかと言うと…クオリティや熱意、完成させることと周りの意見を尊重して現場を回していくことって、うまく両立できない。
創作だけなら孤高の行為だけど…映画やアニメを作るとなるとチームプレーになっていくから作品にしていくと、作り上げる難しさや、円滑に作っていくプロの存在を語らないことはできない。

そこの面白さがSHIROBAKOとアクタージュは共通してて、逆に立場やできることの違いから全く違う作品になっていて面白いから両方見てほしい。
どっちか好きな人は両方楽しめると思うから。

 

 

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