みんな知ってると思うけど、真田幸村は言うほど何もしてないから!

ツイッターに書いたら人気のあった話だからブログに書き残しておきたい。

それは戦国武将の中で最も盛られた人物真田幸村についての話です。どのぐらい盛られてるかを今更ですが、語ってみたいと思います。

父も兄も優秀すぎてすることがなかった幸村さん

領土の少ない弱小大名でありながら、(家康との直接対決はないものの精鋭部隊でやってくる)徳川家を2回負かした真田昌幸を父に持つ幸村さん。基本的に、武田家が滅びてからの真田家の命運をずっと握ってみごと生き残ってきたのはこの真田昌幸さんのおかげ。

父だけじゃない。家臣の矢沢氏(真田家とは親戚関係)も優秀で、徳川や北条との戦いで大活躍。さらに兄の真田信之が跡継ぎでしかも優秀。

そして、党の幸村はというと人質として他の勢力下での生活が長かったため、彼の能力が高かったか低かったか以前に、幸村自身は周りが優秀すぎて武将としての出番が生涯でとにかく少なかった。

大河ドラマで真田幸村を主役に据えた話が放送されるそうだが…真田幸村の人生でのドラマ的で派手な見せ場は正直第二次上田合戦と、大阪の陣しかない。

お家存亡のための駆け引きは基本的に父と兄と矢沢さんがやってしまい、戦いについても前半部は全然出番がないので…主役向きの人物ではない。

活躍したとされる、大坂の陣も当初はあんなことになる予定ではなかった。

父の言伝で篭城ではなく外に出て戦うことを提案し、決死の突撃をする前に城まで攻めさせないように先手を打って城の周囲を攻めるような内容だった。

ちゃんと大坂の陣をやるとなると、幸村が提案を聞き入れてもらえない「世間がイメージするカリスマ性のあるイメージからは程遠い」シーンをきっちり描くことになるんだよね…。

提案を聞き入れてもらえないから「仕方なく自分のできることを」とやってはみるけど、大将が無能過ぎて結局は負ける…というどっかの太平洋戦争か理解のない上司を持ったサラリーマンの話のようになるのよね…。

しかも、戦国時代の人間ならそういったどうしようもない上司に当たったらクーデターや裏切りをして指揮権を乗っ取るか、生き残るための工作を働くのが有能な人であったため、幸村が本当に有能な人間だったかというと…それは難しいよね。

ましてや、策士であり、なおかつ父を追放した武田信玄を師匠に持つ父「真田昌幸」なら、大阪の陣で主導的な役割をしていた大野氏の無能さに気づいた主導権を奪い取ってでも勝ちに行くか、下野するか、秀頼だけ拉致して雲隠れ…しそうな気がしません?

わずかな手勢で城をとった竹中半兵衛、駆け引き上手な真田昌幸辺りならやりそうな気がしません?宇喜多直家や松永久秀でもいいけど、戦国時代の武将なら「幸村みたいに忠実に犬死する前に、もっと大胆な手に出そうな人」はいると思うのだが…。

「史実通りの真田幸村」は、徳川秀忠みたく親が光りすぎ、末代まで失敗したときの話で無能呼ばわりされてもおかしくない人だ。別に幸村自身が無能だとは思わないけど、そのぐらい父親や兄の逸話が強烈で、幸村は地味なのだ!

ところが、父を超えたヒーローになるのがとても不思議。歴史ゲームの中では必ず主役格の操作キャラになるような人物かと言われるとそうでもないんじゃないかな?と。

歴史ゲーム…特に戦国BASARAというゲームはすごい盛りっぷりだ。

戦国無双ではちゃんと大阪の陣での見せ場があるが、BASARAは武田信玄と殴りあうのが定番になっている。

どちらかというとゲームで歴史にハマりはじめた中高生や、女の子に向けて書いてるから敢えて言いたい。

君達見てる「親方様!」と雄たけびをあげて殴ってるやつはたぶん真田昌幸か、真田兄弟の誰かだ。なぜなら真田幸村は信玄が死ぬ4年前に生まれていて、孫ほども年の差が開いているからだ!

ここまでくると「話を盛ってる」というよりも捏造じゃないかと思えてくる…真田幸村という人物は本人の活躍よりも、むしろいかに彼がヒーローとして山盛りにされてしまったかを楽しむ状態になっている。

ちなみに、前田慶次もけっこう盛られてる。

彼については有名な武将と交流があったのは確かに事実だが、これといって地位があった人でも、誰もが驚くような武功があった人でもない。まったくないわけではないけど、えらくなった武将と比べると彼自身が史実で積み上げた武勇はかなり地味!

戦国無双では特に主役格として扱われるが、別にそんな人物でもない。

花の慶次などのせいで大男のイメージがあるけど、残っている甲冑は普通の人のサイズのもので特注品などではない。

戦国系のゲームの主役でこの二人だけはどう見ても盛られてる。

伊達政宗、織田信長、武田信玄など実際に武勇や戦国時代に実績がある人、猿飛佐助や風間小太郎みたいにもともといるかどうかも疑わしい人でもなく、「実在する人物なのに、本人から見たら似ても似つかないぐらい盛られてしまう」のは複雑だ。

大河ドラマで盛られた歴史人物をやられるのは不愉快

大河ドラマに創作要素がついたり、女性ウケを狙った演出がつくのは今に始まったことではない。しかし、ゴールデンタイムに華やかな番組が多い中でいぶし銀な色合いを出し続けてきた大河を愛している人間としては、ちゃんとした時代劇をやってほしい。

真田幸村や前田慶次は存在そのものが創作されてしまっているような人物なので、大河ドラマにしても、はっきり言って地味になる。地味なだけならまだいいけど、派手にするために大衆迎合のオリジナル要素が混じった日にはもう目も当てられない。(ちなみに、山本勘助も厳密には実在してない可能性、半生の中で不明瞭な点が多い点からグレーである)

でも、エンタメとしてちゃんと成立するように真田幸村のドラマを一年間作った日には山本勘助なんてもんじゃないぐらい創作や主役交代に近い要素が入ることが予想されるため、「これは幸村を主役にすべき番組枠、ドラマなのか?」と正直感じる。

それをどうリカバリするかを楽しむ意味では見てみたいが、石田三成や羽柴秀長、藤堂高虎や…高橋是清などドラマにすれば面白そうで、なおかつスポットが当てられてない歴史上の人物をもっと特集してほしい気持ちもある。

読者の指摘によれば、真田幸村の盛られたイメージに一役買ってるのがこれだそうな…。

・関連記事

盛られてるというか実態とずれてて違和感を持ったもの繋がり。

実態と名前が違う物繋がり。大学の名前に東京とか中央と入ってても全然違うのよね。

戦記系はかっこよく盛るだけじゃなく、知将や凡人も輝く話もほしいなぁ…。その辺のバランスが良かったのがこのゲームなんだけどさ…。

tm2501 登録者

炭水化物が主食です

コメント

    匿名

    (2014年5月17日 - 4:09 AM)

    大阪じゃなくて、大坂ですけど~┐(´_ゝ`)┌

    muda_ksk

    (2014年5月17日 - 10:45 PM)

    幸村は講談で英雄化されていったときに、
    地味が故に創作の入る余地が大きかったの
    かなと思います。

    julietta_skmt

    (2014年5月18日 - 1:22 AM)

    私も子供の頃に「真田十勇士」から入ったくちですが、呼び名を信繁とするか幸村とするかで、大河のスタンスがわかりそうですね。

    ran

    (2014年5月21日 - 9:36 AM)

    戦国無双についてよく知らないようなので補足させていただきますと、真田信繁(幸村)の活躍が好きなスタッフが、彼をメインにしたいが為に一族の活躍を彼に盛り込むという強攻策に出てるんですよ。
    そんな活躍してない!とか、そういう問題ではないってことです。
    会社のスタッフも歴史好きで研究歴の長い方々がいる中で、あえてそう演出しています。そのかわり、ゲーム内の事典や設定資料集に、父と兄、信繁の史実ベースの説明がなされておりますので、まあゲームの活躍を史実だと思い込む者は基本いませんのでご安心を。

    nanasi

    (2014年6月5日 - 2:47 PM)

    お館な。

    六六六

    (2015年1月16日 - 2:43 AM)

    兄も、真田太平記に書かれているほどのことはしていませんよ。
    あの小説は、原作者が立花宗茂と真田幸貫と佐久間象山について無知だったため、信之を美化した松代藩史書を鵜呑みにしてしまいました。
    九州出身で立花宗茂に詳しかった海音寺潮五郎先生が、信之主役の錯乱に直木賞をあげたくないとごねたのは有名ですよ。
    松代でも、長野市全体が佐久間象山を持ち上げているから、松代藩の名君と言えば、佐久間象山を引き立てた真田幸貫を指します。
    幸村マンセ~については、現代の歴史教育が明治維新を経ているから、朝敵徳川と戦い抜いた英雄扱いの名残ですね。
    先日、徳川の子孫が真田幸村を英雄視する発言をしていたので、家康=天皇の敵みたいな戦前教育を受けたせいかと思いました。

    真実の探求者

    (2015年1月17日 - 1:08 AM)

    私の意見は少し違います。
    幸村は長い人質生活と隠居生活で武人としては不遇な生活を余儀なくされました。
    その不遇な状況の中、たとえ冬の陣、夏の陣の2回の戦だけでも幾人もの英傑を従えて
    徳川の軍を翻弄し今一歩のところまで
    家康を追い込んだのです。
    武人としての筋道を通し絶対的な強者に戦いを挑み見事に散った。
    その武人として男としての生き様に
    人々は感動しているのではないでしょうか。
    戦での実績は数もありますが、どのような戦や局面で戦い善戦したかにもよります。
    その点徳川250年の始まりとなる最後の戦で
    善戦した真田幸村は後世に残る評価とも思います。
    また幸村の伝説ではこのような話もあり、実は幸村最後の特攻で徳川家康は幸村軍の銃に撃たれて死亡していた。
    その証拠として家康の孫の千姫が家康と面会しようとして断られその1年数ヵ月後に家康は亡くなりましたが、実は家康が幸村に討たれて慌てて影武者を立てたのではとの説です。
    この説は真相ではないかもしれませんが、
    面白いですね。
    大河でも不遇な生活を送る幸村を描きつつ
    この二つの大戦で彼の人生をかけた姿を
    描けば十分大河になるように思うのですが。
    (これに父と兄とのかかわりやそれまでの
    戦等をいれれば申し分はないと思います。)

    BASARA

    (2015年1月19日 - 2:08 AM)

    ゲームやアニメの世界を歴史と全く同じなんて思っている人はいないのでそこまで真剣に幸村は全然凄くないと言う事を説明しなくても大丈夫ですよ。
    長々とご苦労様です笑

    no!

    (2015年2月3日 - 7:56 PM)

    武将として無能か有能かより、生き様(死に様)自体がかっけー。
    Art of dying!

    月光

    (2015年2月6日 - 4:16 AM)

    大阪じゃなくて当時は大坂。
    それと真田家は信之が一番大したことない。
    他はかなりやばいけども。
    特に真田幸隆と昌幸。僅差で幸隆のが凄いと思うけど。
    信繋は戦をあまり知らなかった口ではあるが、
    最期の奮戦が非常に男らしく、武士であった。
    戦を知らないのに軍を動かせたのも凄い。
    対する信之は政治面がよく、見事に国を治めただけ。
    武士としての方向性が違うというかなんというか。
    物凄く地味で評価がしずらい。
    客観的に言わせてもらうと、貴殿のほうが真田一族を
    全然知らないように見受けるのだが。

    masa

    (2015年4月12日 - 3:37 PM)

    盛られすぎってのは、そうでしょうね。小説などは面白くしないといけませんから。
    活躍の場が少なかったという事も小説にしやすかったのでは?その少ない活躍の場があまりに華々しく武士として格好いいため物語としてはいってきやすいのです。
    これが真田昌幸の場合だとあまりに描く場面が多すぎて全体として印象が薄くなってしまうのかもしれません。あと謀略や陰謀みたいなのは、面白い物語にするには描き手の手腕が試されます。これに挑む監督がいないことが残念ですね。
    真田幸村は分かりやすくてカッコイイ。描き手にとっては最高の題材です。

    noname

    (2015年6月18日 - 12:50 AM)

    よくある歴史好きの第二段階ですね
    メジャーな人物をディスる俺かっけーっていう
    にわかファンが嫌いなのはよく分かりました

    匿名

    (2015年7月22日 - 10:45 AM)

    漢字違いとかどうでもいいですけど、派手な大河ドラマって何ですかね?どうだと派手なんですか?ずっと戦シーンしかなく強かった武将だけ出てるのが派手なんですかね。例えば家康が主役だったら幼少期は省いて武将として活躍するとこからドラマスタートして欲しいってこと?活躍した有名武将のドラマであっても活躍前は地味だから見たくないってこと?
    そこまで派手を求めたいなら、幼少期から大活躍の盛り盛りが希望ですか。

    上の名無しですが

    (2015年7月22日 - 11:16 AM)

    大河ドラマで盛った歴史ドラマは同じく嫌です。
    真田幸村でなくあなた様が挙げた人物なら盛られない?同じですよ。
    歴史の人物に派手だの地味だのと格付けをしている時点で本当に歴史が好きなんでしょうか?
    ただ大河ドラマで自分の好みの人物をやって欲しいってだけでしょ。それが真田幸村と何の関係があんの。
    ただ知識並べたてて真田幸村を批判したいだけ。
    真田幸村の大河ドラマまだやってないのに盛られてる何で知ってるのか…

    あれ?

    (2015年7月24日 - 1:03 AM)

    昨日と内容少し変わってるねえ。
    昨日まで、自分の中で戦略シュミレーションゲームまで作っちゃってた早い話、歴史好きじゃなくてただの戦国ゲームマニアで史実と創作を混同させてるだけの自分は歴史にも残らない青二才さん。

    大河にするのは・・・

    (2015年8月26日 - 7:25 PM)

    テレビなんだからある程度の脚色は必要。 だけど90%以上ファンタジーを見て楽しいだろうか?
     ヤンキーが国家権力に独りよがりで立ち向かうジ(自)イ(慰)ドラマ

    miyako

    (2015年10月5日 - 9:37 AM)

    >秀頼だけ拉致して雲隠れ
    一応真田大介の落人伝説とかもありますけどね。
    でもこれも本人じゃなくて親族(息子)の手柄になっちゃうなあw

    ファンとして

    (2015年11月12日 - 5:35 AM)

    第一にいいたいのは、
    なぜ徳川政権で戦犯である真田信繁の話をすることを徳川は許したのか?
    同じ戦犯である石田三成は名前をだすことも禁止したのに。
    そして、島津義弘に信繁を日の本一の兵と言わせたのか?
    それは、真田のぶしげに敵味方合わせて武士に憧れる武士だったからじゃないんですか?
    真田丸で徳川軍の一万もの首を取るだけでもたいした手柄じゃないですか?
    真田信繁の娘を自分の婿の嫁にもらいたいと、勝った大名に言わせたのが信繁ですよね?
    負けた武士の娘を貰いたいと言わせるほどの戦いぶりだったんじゃないですか?
    昌幸や、信之がどうこう言うのは可笑しいくらいの真田武士だったんじゃないですか?
    史実を無視したただのあなたの妄想を語るのはやめなさいよ!あまりに不愉快きまわりない!

    真田の庶民

    (2015年12月21日 - 2:03 AM)

    自分が幸村を好きな理由はカリスマ性や武士としての”強さ”ではない
    近年研究が進むなかで発見されるのは確かに戦法のカリスマ性もある
    だが自分が魅力を感じて仕方がないのは、本当は蔑まれ、貧乏をして兄にお金を無心しながら生きてきて、でも人々に優しく、地味な人で
    そんな英雄とはほど遠いと思えるような人間が
    最後に侍として、武人として、男として、潔くその老いた体を捨て戦い死んだこと
    もしこの戦いに幸村が勝ったとしたら、生きていたらこんなにも評価されていたんだろうか?
    幸村に対する理想が膨らんだだろうか?
    幸村とは弱き庶民の英雄だったんじゃないだろうか?
    ただただ強くて偉大で力を持ったヒーローではなく
    最後まで不遇な人生を生きながら最後に死ぬことで生きてみせた
    武士道とは死ぬことと見つけたり
    そんなことをする日本人など今やほとんど全くいないだろう
    いや一人とているんだろうか?
    いるなら会ってみたい
    本当に
    でもきっとそんな人は現代でも生きてはいられまい
    人には戦うのか、”生きる”のか
    その選択を迫られるときが必ずあると思う
    その時自分がどちらを選ぶのか
    できるならば、理想の選択をしたい
    物理的に死ぬことではなくても凄く難しく、だが誇り高い
    そこに憧れる
    そんな日本人はきっと少なくない
    そもそも歴史なんてものはいくら研究されても真実などでてはこない
    俺がいう幸村も真実ではないかもしれない
    でもそんなことわからない
    その人がいないんだから当然
    今教科書に載っている歴史のどれだけが100%の真実だと言えるだろうか?
    歴史を自分のいいように書くことなど権力者にとって難しいことではなかっただろうし、紙や図にのらない人の心が見えなくともそこにはある
    でも俺はそんなことはどうだっていい
    俺が想像する今の幸村がただかっこいいから
    勇気をもらえるから
    彼が鼓舞してくれるから
    不遇だったものが英雄になる”夢”があるから
    負けて死んだその時英雄でもなんでもないただの敗者が
    時を越えて現代の人間にまで評価される
    時を越えて彼と今の日本が繋がる
    時を越えて上田の人々、日本人を感動させる
    時を越えて俺を勇気づける
    そこにあるのは真実なんだろうか?嘘なんだろうか?
    そんなこと俺は知らない
    死んだ人間がいま生きる人を勇気づける
    そんなことができる彼が英雄でなければなんなのか?
    俺の理想がそこにある
    ただそれだけでいい
    いやー飛躍しすぎ、熱く語りすぎてしまった
    長文失礼

    戦国好き

    (2016年1月15日 - 12:19 AM)

    投稿者名を入れ忘れていたので失礼ですが一応連投します。
    いや何もしてないってのはあまりに無知だし
    こじ付けじゃないか
    あなたの描いた内容を見るとマイナス部分ばかりで功績などのプラス部分が描かれてない。
    偏った意見に聞こえるのですが?
    確かに彼は20前後まで人質生活を送り
    生涯ほとんど戦を父昌幸の1武将という立場で
    終えています。
    しかし、昌幸が死去してからの大坂の両陣ではどうですか?
    冬の陣の真田丸築城、戦いぶりに始まり
    夏の陣での道明寺の戦いでは伊達軍などを後退に追い込み自身は悠々と退却していった。
    そして、最も有名な天王寺岡山の戦いでは
    毛利勝永が作戦通りに動かず(だからといって彼は無能ではなく、信繁の次に活躍した武将です)、作戦を放棄、徳川家康の本陣へ突撃し馬印を倒す(家康が馬印を倒されたのは武田信玄との三方ヶ原の戦いを含めて2回目)など
    奮戦し見事な戦いぶりを見せています。
    結果的には作戦が上手くいかなかったを含め運も家康に味方し失敗していますが家康自身も2度も死を覚悟したほどの強烈な捨て身の突撃だったのでしょう。
    自分が1軍団を率いる武将として参戦した数少ない戦いでこれだけの
    素晴らしい功績を残しています。
    これでもまだ真田信繁が何もしていないと?
    そりゃ昌幸などに比べれば戦に出た回数も段違いで確かに数は少ないかもしれませんが、昌幸と比べても決して引けを取るような功績ではありませんよ?
    一つ一つが素晴らしい功績です。
    逆に戦の経験をあまり積んでいないに関わらず
    これだけの偉業を残せた彼は名将と呼ぶ他ありません。
    真田丸の築城に関しても豊臣秀吉自身も指摘していた
    大坂城の守りの穴に注目し上手く補い、徳川方の大軍を撃退しています。着眼点もお見事です。
    昌幸の享受の賜物でもあるでしょうが
    そうそう物に出来るものではありません。
    それを物にした彼自身素質ある人物だったのは間違いありません。
    徳川方にも彼を賞賛する武将はいましたし、
    兄信之も大坂の陣より以前から彼の素質を指摘しています。
    あと、大野治長などの譜代の指揮官たちが無能だったのは
    事実でしょう。淀君などは戦を知らないにも関わらず
    意見を言い、それを止められなかった、賛同していた治長らはとても名将とは言い難いです。
    あなたの言う通り、信繁ら諸将は無能な上司を持ったサラリーマンの立場と似ています。
    しかし、だから地味とかそういう感性は理解できませんね。
    無能な上司なら主導権を取ればいいとか昌幸たちなら取ってたとかいくら何でもこじ付けが過ぎませんか?
    大坂城にいた譜代武将は治長だけではありませんよ?
    信繁1人でどうしろと?うるさい淀君もいます。
    仮にも各地の元大名や武将など10万近い兵がいた大坂城で
    信繁がそんな行動に出れば諸将の纏まりは
    一気に崩壊です。(悪く言えば寄せ集めですからね)
    作戦会議などで意見を強く述べるぐらいしか
    出来ないんですよ。昌幸でもそうしていたでしょう。
    ていうかそんなこと誰にも出来ません。
    野に下るについてもあなたの考えは足りませんし
    偏見でもの言い過ぎ
    言っときますけど豊臣方についた諸将は
    誘われたときにお金をもらってるんですよ?
    おまけに信繁は秀吉に幼少期可愛がられています。
    豊臣の姓まであたえられているんです。
    豊臣には恩があるんです。
    恩を受けてお金を貰って誘いに乗って、上が無能だから
    「はい、さよなら」ですか?
    それがあなたの言う無能じゃない人物ですか?
    それに気付かないあなたはよっぽど無能ですよ。
    こんなことがあったなど知らないんでしょうが。
    戦国無双などについてはあえてそうしてるんですよ?
    もちろん製作側は歴史について事細かに知ってますし
    研究もされています。
    あなたなどより遥かに深く幅広く知ってます。
    その上でゲームとして着色しているんです。
    それは万人受けにして売るためでもありますし
    ゲームとは大人もしますがやるのは子どもが大多数です。
    その子どもがやって歴史に興味を持って
    そっから自分で調べたりするようになるきっかけ作りですよ。
    最近の大河もそうです。
    まず大河も創作だと言いますが正直あなた歴史について
    無知なんだから関係なくないですか?
    創作だ創作だってバカみたい言ってる暇があったら
    物事について思慮深く考えるようにしましょう。
    物事を理解出来ない人間が知った風な口を聞くのは止めましょうね。
    また、あなたは信繁が何もしていないと描かれていますが
    真田信繁は立派な武将です。
    彼が何もしていないのではなく単にあなたが知らないだけです。
    無能というなら、無知にも関わらず
    自身の妄想で捻じ曲げた内容の記事を描いたあなた自身ですね。
    最近歴史に興味を持ち自身の知識をひけらかしたかったのか知りませんがこういう所に描くということは責任を生じます。
    これを見た方が鵜呑みにされる事もあり得ますしあなたのつまらん記事に影響を受けて間違った知識を植え付けられては可哀想です。
    描くなら自身の主観ではなく良く調べ理解して描きましょう。
    ちょっとかじった程度で全てを知っているかのような態度を取るのはこっちも恥ずかしくなるし、なにより気分が悪いのでやめましょうよ。
    あなたいくつですか?
    私は歴史が好きですが、真田信繁は好きな人物の1人です。
    こういう間違った知識をさも正しいようにネットに
    ひけらかし自分の考えを押し付けるのを見ると腹が立ちます。
    投稿してから日数が経っていますが
    削除または訂正しましょう。
    最後に
    あんたみたいな人間に歴史を語る資格ねえよ
    一から歴史と物事の道理を勉強し直せ無能

    (2016年1月25日 - 12:32 AM)

    すごく真田信繁に思い入れのある方がコメ蘭に書き込みをしてるなwwwwwwwwwwww
    マイナスばかり見るなプラス方面を見ろ???
    プラス方面も盛り盛り放題の末の資料である可能性を考慮しましたか???
    では戦国時代一番の武将は誰?っと問われて客観的に見て天下を取れた豊臣か徳川(織田信長は残念> <)これに異論は?
    そしてその二人にためを張れるほどの活躍を真田信繁はしたと???
    あえて煽る言い方に成りますけど、どんな大きな事を成したか、それを基準に見ていけば真田家自体が屁みたいなものでしょwww
    名将だ~~~と言っても、その将に統治してもらっていた部下及び庶民が称えた話が大きくなって『名将』となったケースでしょ(たとえば、将ではないですけど坂本竜馬も同じケースで過大評価の対象)
    家康に死を~家康が信繁の娘を婿の嫁に~?これって『敵ながら天晴れ』な賞賛であり、そう言える家康の優秀さにむしろ目が行くのですが、変ですか???
    とにかく、細かいことはどうでもいい
    誰だって勘の冴える時だってある
    しかし最後まで立ち続けて勝利を得た者こそ優秀なのであって、結果が出せなかったのであれば二流・三流
    それをあたかも一流の如く取り出されているのは些か過大評価と言っても仕方ないと思える

    (2016年2月23日 - 7:58 PM)

    大したことないとか言ってる人、歴史に名前が残る現在のご活躍大変素晴らしいと思います。いつか大河ドラマで取り上げてもらえるといいですね。

    (2016年2月23日 - 8:03 PM)

    真田信繁の伝記書き残したの兄だよ。じゃあ崇拝するその兄貴が盛ったんだね。何の資料見てるの?小説?

    匿名

    (2016年2月23日 - 9:35 PM)

    確かに父と兄は凄いと思います。しかしなぜ信繁を父や兄と比較しているんでしょうか?
    豊臣について信繁は負けました。私だったら徳川に寝返ったと思います。
    人質として自身の意思で動くことができなかった信繁なりに色々な想いがあったのではないでしょうか?
    そしてそれを考えるのも歴史の楽しみのひとつではないですか?
    嫌なら真田丸見なければいいじゃないですか。
    ゲームのキャラクターになるのが気に入らないなら、やらなければいいじゃないですか。
    みんな知ってると思うけど…何が言いたいんでしょう?
    みんな知ってること書く意味ありますか?
    ヒーローだと思ってる人がいたら何なんですか?
    単に「俺は知ってるんだ」と言いふらしたいだけの批判ですよね。
    大河ドラマのクレームはNHKへ。
    ゲームのクレームはゲーム会社へ。
    創作小説のクレームは出版社へ。
    大河ドラマの真田丸、楽しんで見てるのに不愉快です。

    追記させてもらいます

    (2016年2月23日 - 10:21 PM)

    私は真田信繁がヒーローとは思っていません。ですが、父も兄もヒーローとは思っていません。
    上の方が書かれているように、真田家自体の存在が地味で徳川家康のように天下統一した訳でもありませんから。
    ただ、江戸期に自身の弟について記し残した兄、信之の優しさや思いやりは凄いことです。
    ヒーローにはなれなくとも、戦国時代を生き抜き、潔く散っていった真田信繁は歴史に名前を残すだけの武将だったと思います。

    はあ?

    (2016年3月20日 - 9:25 PM)

    昌幸はすごいとか言ってるけど天下取りとは無縁の人質出さなきゃ生き残れなかった弱小だろ┐(´-`)┌

    一無庵ひょっとこ斎

    (2016年4月15日 - 3:16 PM)

    前田慶庵に関して言いますと、彼は相当な変わり者だったようです。
    四十代で脱サラし、京界隈を出入りし、漢文の教養があるのに偏屈な歌ばかり詠んでいたのは隆慶一郎氏の原作通り。
    人物のかっこよさでいうのなら、前田利家の奥方まつ(芳春院)様でしょう。金沢百万石の女傑は伊達じゃないと思います。
    慶庵の魅力は四十代になって好きなことを好きなだけして遊んだ、ということでしょうか。
    庶民が求めるヒーロー像のほとんどは アンチヒーローでしょうね。
    このアンチの要素がないと、ヒーロー像は作れない気がいたします。

    バ管理人へ

    (2016年7月17日 - 7:19 PM)

    無双厨および三成厨さん5963です

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