「貧乏だけど心は豊か」がありえない理由

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昨日ツイッターで、色々見てたら、こんな書き込みを見つけた。

そうだね…貧乏である時点で不自由だもんね。行動の不自由は心に負担をかけていくからね。

若者の○○離れ?いや、高コストを前に近づけないんですが…

まず、「財産とはなんぞや」と「貧乏とはなんぞや」は同じ所に答えがある。

財産とは交換ツールだ。代表的なのはお金だが、絶対にお金とも限らない。

近所づきあいや友達などのコネかも知れないし、コネがない場所でも人を巻き込んだり、手間暇と引き換えに価値を生み出す技術かも知れない。

「お金が一番わかりやすくて手っ取り早いが、お金がなくても友達から借りたり、譲ってくれそうな人を手間ひまかけて探し回れば、もっと安く欲しい物を手に入れられる。」 

これが岡田斗司夫が提唱する「評価経済社会」の考え方だが、ここには1つ落とし穴がある。

それは「コネやスキルを磨く・維持するにもお金がかかるので、結局は根回しや手間暇をかけてもお金がいらなくはならない」ということだ!

例えば、僕はニートなのでお金がない。そのため、僕の経済状況を汲み取ってくれる友達としか遊べない。いい酒を置いてる飲み屋に入れば、勘定が心配で安心して飲めない以上、自分の安心して飲み食いできるコストのところに収まる。

もしかしたら1回2回高級な遊びをおごってくれる人はいるかもしれないが、毎回毎回それでは負い目を感じてとてもその場にいられないし、相手も嫌になるだろう。

子どもの遊びでも、ゲーム機やカードゲームなど金のかかって格差があるが、大人の遊びはもっと大きくなる。お酒を飲めるか、いい酒・料理が味わいたいか、スケジュールを空けて郊外や山奥に来れるかどうかなど。

もっとわかりやすいのは「若者の○○離れ」じゃないか?

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いくつか不思議なのもあるが、嗜好品離れや性関連は「お金がないから付き合いが広がっていかないこと」の典型ではないだろうか?

それ以外の部分も「お金がかからない娯楽が他にできたから離れてる」ものがたくさんある。お酒やタバコにお金をかけなくてもちょっとだけいい気分に慣れるスマホアプリはあるし、情報媒体系は全部ネットでただでWebニュースが読める時代だからねぇ…。

貧乏なら敷居の低いところにしか行けない!友達付き合いも趣味も。若者の○○離れというが、そもそもお金がないと近づけない趣味やコミュニティがいっぱいある。

貧乏ゆえに行動範囲は狭まってしまう。言い換えるなら「貧乏な人に手に入るコネのは貧乏な人か、自分と同じぐらいの水準の娯楽しかしないような人間とのコネだけ」なのだ。差別などされなくても、経済事情ゆえに接点の持ちようがない趣味は世の中にいっぱいあって、お金や知恵、あるいは仕事がある人は自分に無理のない(ストレスのかからない)階層にしか関わらない。

それをわらしべ長者のごとく、コネや友達をつないでいくと億万長者に巡りあう…ということはレアだし、ほぼない。もし、たまたま巡りあわせたチャンスがあっても、それを可能にスキルを磨くにもカネがかかるか、余程の運に恵まれるかでないと…。

貧乏とは不自由さ/回り道/ 被害者意識

つまり、貧乏とは単にお金がないこと以外の不自由さそのものだ!

貧乏だから、良い物が食べられない。

貧乏だから、交際費・交遊費が出せない。

貧乏だから、いっぱい働かないといけない。

貧乏だから、便利な機械やサービスを利用できない。

貧乏だから、手間暇を避けて通る事ができず、時間や選択肢は限られてくる。

確かに友達や家族やスキルがあれば、多少は手間暇を下げることはできることはできることはできるので「貧乏=絶望」ではない。

でも、お金がない同士の付き合いなのに、いきなり高価なもの・便利なものが回ってくる事は早々ないし、とびきり頭がよくて自分の知らないことを山のように知ってる…ということもあまりない。

また、貧乏とは回り道だ!お金がある人ならしないでもいい遠回りや気づかい…参加するためのハードルを超えないと趣味であれ、地域の集まりであれ参加することはできない。

その場所に参加できないわけではないが、回り道をしないといけない事が多い。お金をかけて解決できる手段や使えない所から、もしくはお金そのものを稼ぐ事からしないとどうにもならない。

そして、貧乏とは被害者意識だ。お金がないがゆえに選択肢が狭まっていること・お金がないからこそ回り道しないといけないことを面倒臭がらず、お金がある人を妬まずにできないと精神的に滅入ってしまう。

「貧乏だけど心は豊か」がありえない理由は様々な回り道や制約をお金がないことを理由に感じ続けること自体がストレスだからだ!

絶対に越えられない壁ではないし、我慢や努力で超えられないことではない。

しかし、現実問題として趣味や食べるものがマンネリしていくのもわかっていても不健康・不摂生な仕事や娯楽を選ばざるをえないことも、新しいスキルや趣味に手を出せないことも…。

「貧乏でも心は豊か」な人とは貧乏ゆえの手間や不自由さやマンネリ感を全部受け入れられる僧侶のような心を持った人で、そんな人は貧乏だろうがお金があろうが心がタフだから心豊かにいられる!貧乏は別に心を豊かにしないよ!

幸せをもたらすのは金ではない。たくさんの金である。

ロシアのことわざにそんな言葉があるそうだが、僕もそう思う。

確かに、ちょっとやちょっとのお金でできることは、お金以外の方法で回り道できるだろう。

でも、「たくさんのお金がないとできないこと」をするのは難しいだろう。

文脈に沿って言えば「一度二度の贅沢をすること」がこの場合の金。

「贅沢を楽しむ人と頻繁に会うこと」がこの場合のたくさんの金だ。

何よりもわかりやすい一例がある。

序盤で「お金なんかなくても人脈やスキルなどの財産があればいいじゃないか!そういう社会にこれからはなっていくんだ」と説いた岡田斗司夫さん自身が【たくさんお金があったからできたこと】で食いつないでる人だ!

本人が言ってる通り、家がお金持ちで、蔵書が家に山のようにあるようなSFオタクとしては最高の環境の少年時代を送ったから、彼はオタキングができている。

地下シェルターのあるような家だったからアニメ作りの場所貸しができた。

もちろん、彼自身の努力は認める。だが、彼は「幸せをもたらすのは金ではない。たくさんの金だ」を実践したような人だということは常に覚えておいた方がいい。

また、「ニートの歩き方」なる本をどっかの誰かが出してるが、本を出しちゃってる時点でニートから作家にそいつがクラスチェンジしてるし、編集者を説得できるぐらいの実績や手法を持つ凄腕ニートであるということも。

極稀に貧乏ゆえの逆転の発想で生まれることはたしかにある。でも、それは貧乏が素晴らしいんじゃなくて、逆転の発想をやってのけたヤツがすごいんだ。

貧乏ゆえの発想は大事にすべきだけど、「貧乏でもいいよ」という甘い声には本当に警戒すべきだよ。

貧乏である時点で不自由や回り道が心身に負担をかけてて豊かじゃないんだから!

まぁ、それでも「われこそは凄腕ニートなんだ」という自信がある方は読んでみるといいんじゃない?タイトルから甘い夢を見ちゃう人には薦られないけど。

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仕事とはお金ゆえの不自由さそのもの…と感じさせるシーンが飲み会なんです。

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tm2501 登録者

炭水化物が主食です

コメント

    我無回

    (2015年3月19日 - 3:33 PM)

    ずいぶんと久しぶりに、tmさんのブログを見ました。
    で、いくつかコメントを書きます。
    まず、最初に「若者の○○離れ」に関しては、「誰も○○を買う義務はない」これで済む話だと思います。
    要は、「○○を買わない方が悪い」こう考える側に問題があって、それを「若者」に責任転嫁(スケープゴート)しているだけでしょう。
    あと、もうひとつ言えば「時間的価値」の問題でしょうね、人は誰でも1日24時間しか時間が使えず、身の回りに無駄に時間を消費するものが氾濫している以上、「離れていくもの」が増えるのはある意味「当たり前」のことだと思います。
    次に「貧乏」に関しては、「グローバル・リッチ・リスト」というサイトを見て、指定され手続きに従って、例えば「年収300万円」とか入力すると、「あなたは世界2%のお金持ちです」とか言われるそうです。
    また、先日中国では、アップルの月収10万円の求人に2万人が集まったそうで、これを考えても、なにを前提にして「貧困」を考えるかを最初に考える必要があると思います。
    それ以前の問題として、例えばオーストラリアのアボリジニたちは、自分たちの領域に白人が来るまで、自分たちが「貧乏」などという風には思ってもいなったと思います。
    それは、ネイティブアメリカンも同じでしょう。
    要は、「パラダイム(ものの見方や考え方)」の問題だと思います。
    例えば、先日話題になった、「例のドレス」が「青黒」に見えるか「白金」に見えるか、そういうことではないでしょうかね?
    ただ、あのドレスは相当特殊な光の状況にないと、「白、金」には見えないようで、そのたまたま「白金」に見えた瞬間が写真に取られ、それが世界を二分する騒動に発展する。
    そういう出来事もあるわけですし。

    我無回

    (2015年3月19日 - 3:54 PM)

    また、「若者の○○離れ」の話になりますが、こういうことが話題になる一方で、プラモデル用のニッパーで4000円以上(テンバイヤーがからむと6000円以上になるとか)するものが飛ぶように売れるということも起こっています。
    このニッパーを作っているのは新潟の燕三条市の老舗の刃物メーカーのようです。
    自分も一度、そのメーカーが作る爪切り用のニッパーを、見たことがありますが。
    「若者の○○離れ」といわれる現状でも、「時間的価値の高さ」を認めさせることが出来れば、通常数百円程度で買えるニッパーが場合によって、6000円で売れてしまう。
    この辺りにも、「若者の○○離れ」には「売る側」の姿勢に問題がある気がします。

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