ネット社会が怖いのはみんなが刺激を求めすぎてるからです!

 

久々に小野ほりでぃさんの記事を読んだ。

常識人は淘汰される? ネットの風潮を左右する”ヤバい人バイアス”とは 

違う。常識人が淘汰されてるのでも黙ってるのでもない。

むしろ、大多数は常識人だし、その常識人は書き込んでるんじゃないか?

 ネットは感情抽出マシンである!

そもそも、常識人が常識的なことばっかり言ってると思う?下ネタを言いたい日もあれば、怒りたい時だってある。偉い人は言ったよ。「人間だもん」と。

常識人とて、人間だもん。インターネットをそれこそ仕事のように「誰が見ても恥ずかしくないモノしか書かない人ばかり」でもなく、感情のまま書きなぐりたい日もあるのだよ。

実際に、ネット炎上した人の多くは「ちょっと独り言を書いただけなのに」と多くの目に晒されてから言い訳してる。そこに「ネットは多くの人が見てるのだから、そんなこと書いた奴が悪い。」と野次馬的なネット民が飛びつく構図を「炎上」という

炎上したヤツはTwitterの140字か、ブログやタイトルの一文を根拠に「あいつは常識がないヤツだ」と言ってくる。

僕なんか典型的な被害者だよ?普段、つぶやいていることは概ねこんな感じ。

見よ!この毒にも薬にもならないつぶやき!炎上する要素なんかどこにもないだれでも思いつきそうな平凡なつぶやき。

それでも、僕を匿名・はてなブックマーク越しに監視して、「青二才こと三沢文也は炎上ブロガーにして、炎上ツイッタラーだ!」と言い張る人があまりにも多いから、こんなものまでできてしまったよ。

青二才炎上チェッカーのタイムライン 

彼らには僕がこんな感じのことを書いている時にしか、僕のことが見えないらしい。

機嫌の悪い時に書いたものを見て、オフ会に参加した人が「青二才さんってもっとアレな人だと思ってたんですけど~、まともな人ですね」とか言われる!

まともかどうかは知らないが、怒りっぽくも狂ってもいないよ?

むしろ、怒ってるようにみえる・キツイことを言いそうに見えるのはその手の発言ばかり追いかけてる・悪目立ちした噂を聞きつけて怖い人だと思い込んでるだけさ。

確かに、ネットには口調が荒いを通り越して、どう考えても道理の通らないことを言う「人を怒らせるのを目的でネットをいじってる人」もいるよ?話が通じなくて頭が痛くなるような人もいるよ?

だけど、大多数は機嫌の悪い時にふと書いたことしか炎上しそうなことは書いてなく、普段は普通の書き込みか、ひとりごとだ。

そのことを忘れて「あの人は怖いことばかり言う」「インターネットは叩く人ばかりで怖い」と思うのは想像力が欠如してるか、人の失言ばかり挙げ連ねる人に振り回されてるだけではないのか?

刺激を求めてエキサイティングしてる人か、その人が晒しあげた誰かばかり見ているのではないか?…刺激を求め過ぎだよ。

「私はあなたです」

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ガッチャマンクラウズの悪役ベルクカッツェが悪事や破壊を望む人をそそのかし、その人が自分の罪の大きさに気づいた時に「私はあなたです」と言い放つ名シーンがある。

人の悪意や欲望をそそのかすキャラクターは古くはクトゥルフ神話のニャルラトホテプしかり、喪黒福造しかり、ベルクカッツェしかり。さほど新しいキャラクターでもなく、定期的に創作の世界に出てくる。

だが、ネットにはこの要素がる。多く含まれて自分自身で怒りや悪意を引き寄せたり、過剰に拒絶したりしてしまうので、この例えをネットやSNSというテーマの中で使ったガッチャマンクラウズは良くできた作品だ。

そもそも、ベルクカッツェと言うキャラクターは2ちゃんねる的なネットスラングで普段、声も聞こえない・姿も見ないはずのベルクカッツェを認識できる人を煽っていくキャラクターだ。

また、作中でも彼の煽りに乗っからない・嫌な気持ちにならずに、かと言って拒絶もしない絶妙な距離間を見つける。

「ネットが怖い」と言う人は怒りっぽい発言を気にしすぎているし、怒りっぽい発言を挙げ連ねて人々を煽る発言を前にすると想像力を働かせる前に「怖い!」と脊髄反射に思ってしまう自身の耐性の無さにある。

実際、ベルクカッツェの煽りを克服できた主人公は周りの人が反射的に反応してしまう恐怖や怒りに対し

「(本当はスピード違反だけど)奥さん産気づいたかもしれないですね」

「(マナー違反だけど)あの人、すごく疲れてるから席を譲らなかったのかも」

と舌打ちやぼやく前に起こる気がなくなるよう想像力を働かせている。

それでも話が通じない、得体も知れないなら「電源を切っちゃえばいい」とすっぱり断言する主人公だが、どちらもネットでのやりとりに必要なことだ。

恐怖や怒りを覚える書き込み・見出しに想像力を、恐怖や怒りのあまり話が通じない人には無視を。

そうすれば、別にネットは怖くもなくなり、起こってる人に混じって怒りっぽくならなくても済む。

自分自身の色眼鏡…その人の一部だけ見て怖いと思い込んでること・話が合わない人に「今話しかけたら、この人にこの話を降ったらまずい」を対面では僕なんかよりもずっと察することができる人が、ネットを見たら急に察すること、気づいて受け身を取ることができなくてネットが怖いと言っている。

「私はあなたです」

よく調べない・気づこうとしない・刺激を求めて怒っている時の発言ばかりが目に入る・また機嫌が悪い時についついネットに書き込んでよろしくないネット民の注目を集めてしまう…インターネットを怖く感じさせるのはそんなあなた自身だよ。

ガッチャマン クラウズ ノベライゼーション SUGANE NOTE 2015-2016

小説出てたんだ…。2期が7月から始まるそうなので、今からのんびり読み始めてもいいかも♪

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tm2501 登録者

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コメント

    我無回

    (2015年4月2日 - 12:12 PM)

    小野ほりでぃさんの言う「やばイ人バイアス」は畢竟「パラダイム」の問題なわけですね。
    人は自分の持っているものの見方や価値観に基づいて、自分の生きる世界を見ており、その枠組みのことを「パラダイム」と言うわけです。
    で、世の中には別の言い方をすると自分の主観や先入観である、「パラダイム」を唯一絶対のものとみなして、そこから外れるものを敵視して攻撃する人もいる。
    例えば、ISILがその典型として言えるわけで。
    で、「常識」のある人は両極端な過激な主張の中間領域で、バランスを取ろうとするわけですが。
    問題なのは、今の世の中そういう意味での「常識」のない人たちが増殖していることでしょう。
    しかも、そういう人たちはほぼ確実に「木を見て森を見ていない」。それどころか、「葉っぱ一枚を見て木すら見ない」こともある。
    あるいは、車からエンジンとかプラグとかハンドルとかの特定の部品を抜き出して、「これが車だ」とか言うことを平気で言う。
    三沢さんをバッシングする人たちも、この例でしょう。
    裏返して言うと、「車とは様々な部品が組み合わされて、車の形を成しその上で人が乗り込んで運転して、目的地まで行ける乗り物のことである」という全体的な認識に基づく思考が出来ない。
    しかも、悪いことにそういう人が現実に増えていて、そういう人の思考パターンを知悉したうえで、彼らを自分の利益のために意図的に「誘導」するものがいる。
    一例として、「DHMOの話」を検索してみてください。
    これは、「DHMO」という有害物質があり、この物質は悪性腫瘍に含まれていて、酸性雨の主成分であり、毎年大量のDHMOで多くの人が死んでいる。だからDHMOを規制せよ。という内容です。
    実は、DHMOというの「水」を意図的に廻りくどく言い換えたものなのですが。
    で、その上で「水」の持つ危険な側面をことさら強調すると、この話を聞いた人のほとんどが「DHMO」を規制すべきだ。と答えたそうで。
    こうやって考えてみると、ネットの渦の中で、いかにして「自分」保って流されないようにするかが、一つの課題になると思いますが。

    我無回

    (2015年4月2日 - 1:33 PM)

    あと、「怖い」ということに関してですが、人間には「怖いもの見たさ」というある種の本能があります。
    だから、「ホラー映画」というジャンルが成立するわけですが。
    ちなみに、昨日の四月一日には「エイプリルフール」のネタとして「貞子VS伽椰子」とい物が、登場しました。
    http://www.cinematoday.jp/page/N0072038
    その写真を見ると、上の方に伽椰子と俊夫君がいてその下に、井戸から這い出そうとする貞子が配置されているわけですが。
    で、ここでのポイントは何かというと、貞子も伽椰子も「実在しない」ということです。
    つまり「「お化け」は実在しない」。
    言葉を変えれば、「映画の登場人物はお化けに襲われて危険でも、お化けは実在しないから映画を見ている自分は安全」そういう前提があるから、ホラー映画を面白がって見ることが出来、ドラキュラもフランケンも狼男も貞子も伽椰子もコントのネタになる。
    また、ジェットコースタなどの「絶叫マシーン」も「安全」が保障されているから、「怖い怖い」と言いながらも行列が出来る。
    それでも、たまに「事故」が起こる。
    そして、現実には「お化け」すらもはだしで逃げ出すような、「惨事」か起こる。
    それに、自分のパラダイムから外れる人間を執拗に叩いて攻撃して、愉悦を得ようとする者もいる。
    「ネットが怖い」という人は、ある種「リアルな化け物」に遭遇した体験を持っているわけで。
    そういう人に「あなたのせいです」と言っても無茶ぶりの気もします。
    とはいえ、「饅頭怖い」という領域に達してしまえば、それも問題無い気もしますが。

    我無回

    (2015年4月2日 - 4:00 PM)

    余談になりますが、前述の「車とは何か」というお話の元ネタは、仏典の中の「ミランダ王(ミリンダ王)の問い」というものです。
    詳しくは、ここ
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%80%E7%8E%8B%E3%81%AE%E5%95%8F%E3%81%84
    を読んでください。
    ここでは、ギリシア人のミリンダ王と修行僧のナーガセーナ師が「存在とは何か」を巡って、いろいろと問答をしています。
    その中に、「車とは何か」が含まれています。
    この「ミランダ王の問い」をよく読んでみると、ネットで執拗に絡んでくる人に対する対処法のヒントが、いろいろと見つかると思います。

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