なぜ大学が友達作りを支援するのか?

えらく不自然なニュースを見かけた。

9割の大学 “学生の友人関係 変化感じる”

このニュース、少し続きがあって中身を読んでみると中見出しに「大学が友達づくりを支援」と出てくる。

要約すると

「大学が(SNSではない)学生の友達作りを支援するために

・(福岡大)オリエンテーションで交友を促す

・(神奈川大)サークル加入を促す

・(白百合女子大)相談役の学生を設けて友達も含めた学生生活全般を支援

という活動をやって、リアルでの人間関係の構築に学校が一役買う努力をしてる」

という内容。

「友達作りを手伝ってくれる」

と聞くと一見よさ気なニュースに聞こえるが、果たしてそうだろうか?

言いたくないけど、 偏差値低いとこばっかじゃん?

偏差値の高い低いにこだわるのはバカらしいと思うが、「偏差値の高い学校に行きなさい」と言える数少ない理由に偏差値高い学校のほうが自由な学校が多い傾向にある。

特に高校の方が顕著で、偏差値があんまり高くない高校は生徒を信用してないから私服通学とか自由にかばんを選んでいいとか、携帯を持ってくるのに制限がないとか…要するに生徒に節度を任せても大丈夫そうな自由を任せない。

僕の高校時代もそうで、一応そこそこの学校勝ち取ったから「電源OFFにしてなおかつ学校が決めたシールを携帯に貼り付けておけば持ってきていいよ」が学校の携帯電話への態度だった。

公立の場合は偏差値の入れ替わりが少ないから校風の自由度と偏差値がおおよそ一致する。私学でも一部入学までの過程が違う特待生を除けば、基本的には偏差値に応じて生徒の信用度が決まる。

でも、僕は自分が在籍した高校の1つが一番最低な部類だった。

偏差値55前後の自称進学校だ。「あなた達はやればできます」とか口でいいながら生徒を全く信用しとらんから他の授業中に担任が監視しに来たり、生徒指導のババア…としか言いようのないほど肌カッサカサで偉そうにしゃべるおばさんに束縛される。

もし、高校進学で悩んだ時は、「今、躍進中の私立」と「私立の特進コース」だけはやめておくべき授業のレベルも同じ偏差値の公立・同じ偏差値を最低限とする本物の進学校にははるか及ばないし、その上「生徒を信用する校風」が育ってないから不自由極まりない!自称進学校は真面目系クズを量産する場所だから入っちゃダメさ!

そして、自称進学校に行った奴らが一般入試で進学するのが冒頭のニュースに出てきた偏差値50前後の大学。(※推薦入試ならMARCH・国公立に行く自称進学校の人もいるが、少ない)

努力の仕方が間違ってるか、そもそも向いていないかでその程度にしかなれない「真面目系クズ」が神奈川大学とか中途半端な女子大に行き、そこでも窮屈な(教授はともかく学生課には全然信用されてないから休みが他の大学より少なく、サークル活動やイベントは小規模という)大学生活を送る

かく言う私も真面目系クズしかいないような大学に進学してる。

だから、神奈川大学バッシング・しょぼい女子大バッシングなどではなく、経験談として「こういうところで育つと人から信用されずに監視されて育つんだよ」という話がこの記事の要旨です。他人攻撃ではなく、自戒と教訓でございます。

話を戻そう。

大学がSNSではなく、友達作りをさせて内輪の関係を強化させたい理由…それは大学が学生に対して「目の届くところで遊んでね」という子ども扱いである。

特に、男女関係や飲酒に関する絡みでのトラブルに大学が介入できるか、炎上の火消しができるかが大きい。

ネットで知り合った人間と何かあっても大学は介入できないけど、サークルなら大学内でもインカレサークルでもお酒絡みのトラブル・男女絡みのトラブルがあった時には相手を罰したり、糾弾したりできる。 派生してネットが炎上してもいらないことを欠かせないよう釘を差すこと・対応を支持することも可能だ。

加えて「SNSで同じ大学の交友を作る」ではなく、リアルである理由も説明したい。

「SNSよりネットで」というが、実は一般的にはSNSで繋がってる人の大半はたとえSNSであっても、実は同じ大学の人達とmixiやFBでつながっていたりする。

mixiはともかく、Facebookについては怖い話が1つあるからしておこう。

同級生が芋づる式にだなぁ…

最近、急に「アイツどうしてるかな?」と思うことがあり、同級生を検索した所、彼のFacebookに行き着いた。

そいつと僕は直接あったことはなかったんだけど、「すごいやつがいる」と会ったことないけど話にはしょっちゅう挙がってた。

そんなすごいやつなんだからきっと今は…と思って調べた。

すごかったのはそいつのFBから高校の同級生、大学の仲間、社会人になってからの交友、趣味友らしき人も…芋づる式に出てきたのだ!

そして、そいつの友達はみんな本名で書いてて、自分の写真を載っけてて、なにしてるかがわかる形で載ってる個人情報の塊になってた!

そして、さらに凄いのが「みんなその時はFBをしてたが、学生とともにFBも卒業したり、在学中から惰性でアカウント作っただけ」だったりが多い。

だから、「SNSでの人間関係」というが、オタクでネット民の人じゃないと「ネット≒リアル」の人間関係しか作れないし、SNSを続けることすらできてない。

それでもなお大学が「SNSよりもリアル」と言うのは3つ。

1、個人情報の流出、本名などがむき出しになったアカウントでの炎上の防止

2、人間関係をサークルやゼミなど目に見える(探さなくても責任者を呼びつければいつでも問題を指摘できる環境にする)こと

3、誰かの失点が大学全体の失点になるのを避けたいから可能な限りネットをしてほしくない。

これらは生徒を信用してる学校ほど個人の責任・問題・裁量で扱われるが、自称進学校と偏差値50前後のハンパな大学はそうも行かない。

自分達も「こんな学校に入ってきたやつ」と信用がない、就職先も「ここに進学した」ではなく「ここしか進学できなかったやつ」扱いだ。

怒られてるわけじゃないが、信用されてないから新しいものに手を出すことや自分で考えて開拓することをポジティブに考えないよう考えないようになっていく。

真面目系クズの学校出身だから言いたい。

管理しようとする先生もその程度の職場にしか入れなかったバカだ。「バカがバカだと思ってる人を管理しようとしてる、管理すれば責任問題が減る」は勘違いだ

表面上、聞いた振りして「うるせぇ」と心でシャウトしたらいい!

奴らの言ってるそばからFacebookでウェーイな自分をキメればいい!

はてなブックマークで僕のエントリーに悪口を書きに来ればいい!

ツイッターで「黒パンストでご飯3杯はイケます」とか謎アピールすればいい!!

国会議員まで務めた杉村太蔵先生の座右の銘は

「うるせぇ」

だそうです。そして、次のように説明しています。


「ストレスがない仕事なんてない。上司から叱られるたびに、自分がダメだから、と落ち込んでたらもちませんよ。『うるせぇ』と開き直るぐらいがちょうどいいんです! そのほうが前向きに生きられると思いませんか?」

『しくじり先生』で話題の杉村太蔵 「うるせぇ」の真意を熱弁より抜粋

僕は杉村さんこそ現在のインターネットと、真面目系クズ…ひいては若者の救世主ではないだろうか。どこに言っても指摘・批判・押しつけの善意で物を言われるが、いつも心で「うるせぇ」を忘れない人の方が強く生きられそうだ。

スクールカーストの闇 なぜ若者は便所飯をするのか (祥伝社黄金文庫)

そういえば、俺大学でぼっちだったけど、普通に学食で食ってるか、居心地悪いと大学の近くのめし屋に食いに行ってたなぁ…。お金ない時はおにぎりを教室で食うとか食わぬとか。だから、便所飯にはなんのシンパシーも湧かない。

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逆に大学でサークルやゼミに入ってそれをきっかけに病む人もいるからなぁ…。

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ほら、大学って一人でいろんなことに打ち込めるからさ…ね。(悪魔の囁き)

tm2501 登録者

炭水化物が主食です

コメント

    asgald

    (2015年5月18日 - 12:13 AM)

    偏差値低い大学ばかり、とおっしゃってますが、それらの大学が偏差値低かったら世の中の9割の大学が偏差値低いですよね。
    はっきり言って大学生なんて子供だと思うのですよ。高校までは村社会みたいなもので、毎日顔を合わせていれば自然と友達ができていたけど、大学のような自由で開かれた社会に初めて身を投じると、自主性のない学生に友達ができなかったりするのは自然なことだと思います。
    だから、友達が欲しいと思っている学生に対して大学公認の交流イベントが用意されているということはすごく良いことだと思います。
    加えて、インターネットが普及している現代だからこそリアルで向き合う重要性もあるわけですし。

    我無回

    (2015年5月19日 - 3:01 PM)

    この記事を読んでみると大学側の「友達づくりを支援します」とか言うのは只の名目で、本音は「学校側にとって管理しやすい人間関係を構築させること」にあるようですね。
    これを、大学から国レベルに拡大すると、何が言えるのか、という話になりますが、行きつく先にあるのは、おそらく「スタンフォード大学の監獄実験」ではないかと思います。
    この実験の詳細は、ここを見てもらえばいいとして、
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E7%9B%A3%E7%8D%84%E5%AE%9F%E9%A8%93
    概要を言うと、スタンフォード大学で心理学に関する実験を行い、模擬的に作った「刑務所」に「看守役」と「囚人役」に分けた十数人の被験者を入れるわけです。
    で、その状態で一定期間が経過すると、彼らにどのような変化が起きるのかを観察することが目的でした。
    それで、起こったことはというと、囚人役は元々囚人でも何でもないのに、「囚人らしく」行動し、また「看守役」は次第に暴力的かつ横暴になっていき、ついに看守役の囚人役に対する、暴力沙汰が発生することで、この実験は打ち切られます。
    ここから、浮かんでくることは、例え実体が無いものでも、権威や権力が人の理性を麻痺させて、他者に対する暴力性を発露させるということです。そして、監獄がその舞台装置になると。
    で、本文中の「底辺校」は十分「監獄」の条件を満たしているようです。
    つまり、学生は囚人役であり、学校側は看守役である。と。
    こうやって考えると、「友達づくり」というのも、本来の目的は「相互に監視させて、密告させること」かもしれません。
    あるいは、その友達同士も「看守役」と「囚人役」に分かれるかもしれないですし。
    また、今の社会全体を見てみても、本質的にはすでに「監獄」でしょう。
    ことに、ネットの中はすでに「看守役」で充満している気がします。
    彼らは、鵜の目鷹の目で「囚人役」を探し回り、ひとたび「囚人役」を見つけるとたとえ相手が、実在すらしないウサギのキャラ(サンリオのシナモン)でも、執拗にいじめ抜く。
    また、学歴というファクターを考えてみると、「偏差値の高さ」が「看守役」と「囚人役」を分けるボーダーラインとして機能するのかもしれません。
    しかも、最近では高齢者の中にも、この「看守役」がいて、「接客が気に入らない」と言っては、店員の顔を数分間撮影して、「ネットに投稿するぞ」とかいう脅迫行為をしたりしますし。
    しかし、彼らにとって致命的なのは、この「看守対囚人」の構造は相対的なもので、自分は看守のつもりでも、ちょっとしたことがきっかけで、次の瞬間からは、囚人になってしまうのですが。
    それ以上に考慮すべきなのは、来年(実質的には今年の10月から)始まるマイナンバーであり、この「背番号」にその人の経歴から、学歴ひいては偏差値まで紐付けられると、なおのこと社会全体の「監獄化」は加速しそうです。

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