「働け!」と言う言葉の無責任さ

 

なかなか納得の行くつぶやきを見つけてしまった。

そうだよなぁ~。70のおじいさんに限らず、「こんな人どうするんだ?」と言う人が働きに来られても困るよな。

ブラック企業にいた時の末期にフラフラのおじいさんの面倒を見てた事あったけど、力仕事は無理・覚えも悪い・ガッツだけはあってそれが空回り…と来たら、一緒に働く側としては「なんでこんなの雇ったんだ」と言う気分にならなくもない。

日本人の「働け」信仰の正体

これはおじいさんに限ったことじゃなく「働かれても困るわ」という人はいる。

俺を年下だと見下して二人っきりになった途端に酷い態度をとる女、特に理由もなくふわふわとやめてしまう忍耐力のない若い男、平気でバレるウソをついたりやる気のない提案しかしてこないから全員から総スカンを食らって辞めた男…。

ブラック企業すぎて人の入れ替わりが激しかったこと、経営者が責任を取りたくないからほとんど全部採用して現場に押し付ける体質の中小企業だったから色んな酷いやつを見たよ。(大企業にお勤めの人は知らないかもしれないけど、ワンマン経営の中小企業にはこのタイプのどうしようもない会社は意外とある。複数知ってる。)

僕にだって至らない所はあるし、決してうまく行ったことばかりじゃなかったが、それ以前のやる気もない人・あったとしても人の話を聞かない人はどうしたらいい?

ただ、かくいう僕も結局はその会社と、会社というよりもある男の入社以降、職場をズタズタにされ仕事の段取りも時間も遅くなって危険が伴う程になったから辞めた。だから、「お前が言える立場か」と言われると難しいところはある。

ただね、僕はその会社で病んだ後もなんとか半年は働いたよ。

でも、その時には僕が向こうの会社側から、あるいは直に一緒に仕事する人から「(うつでもう体がまともに動いてないのに)やる気だけは空回りするほどあって、仕事の覚えも悪く、仕事だから一緒にやってるけど、進んで一緒にやりたくない人」

だったと思う。空気で伝わるし、僕だって嫌々働いてたわけだ。

後にかかることになる精神科にも、働かないで治療する状態の時に当てはめられる「ニート」と言う語も私の家で、あるいは周囲では差別的な偏見を植え付けられてきたから…大げさでもなんでもなく

「働いてないと人間扱いされなくなる。怒られても叩かれてもとりあえず働いてないとそれを理由に罵倒され続ける」

と思った。…それでも、ある時期を境にそれすらできなくなるほど躁うつ病による頭痛・不眠・摂食障害がひどくなって、働けなくなった。

というわけで、僕もニートだ。働けと言われるし、無教養な人から「働かざるもの食うべからず」という言葉を誤用される。

日本ではこの「働かざるもの食うべからず」が厄介なのだ。

元々は聖書の言葉で、働けない人や生活を切り詰めてるぎりぎりの人を追い込む言葉ではない。

資産家など有用な仕事についてる人はそれなりの仕事をすべきと言う言葉だが、日本では病院に行くべきうつ病患者も、ろくな能力がない老人ややる気のない若者も「働かざるもの食うべからず」と尻を叩かれる。

働くことができない人に「働け」と尻を叩いても困るのは現場であり、客であり、とても楽しくなんて働けない本人だし、それをネットやたまに遊ぶ時に見かける友人だ。言うなれば、当事者全員「働かざるもの食うべからず」にうんざりなんだ!

だけど、この国の人達はなぜかわからないけど、「働かざるもの食うべからず」という宗教…キリスト教から派生した日本独自のカルトを信仰し続けてる。

「働け」と言う人は雇ってやるか良い職場でも紹介してやれよそれができないか、仕事を回してもこなせないと思われるなら「働け」なんて無責任に言うなよ!

ましてや「ニートに農業をさせる徴農制を敷くべき」とかほざく保守系政治家はズレてるし、「ニートを逮捕しろ」とか言ってる外国なんて問題外なわけだ。

ニート罰金法”ベラルーシで成立 働かない者は罰金、拘束も 

労働信仰が生んだ?人手不足問題

ベラルーシなど旧社会主義国家ほどじゃないが、労働信仰が強い日本。

労働信仰が強いから働けない、働く資格がないような人も嫌々働いてるのはさっき説明したが…意外にも世界一の人手不足も日本で起こっているという。

世界で最も人材不足が深刻な国は日本(調査結果)

人手不足で定番の指摘は

・人手不足じゃなくて、労働に無理がある。

・しかも、求人に書いた処遇通りなら御の字。求人票よりもキツイ職場しかない。

・人手なんてだれでもいいものではなく求人側が求める「床上手の処女」「150キロ超えの豪速球投手」が不足してるんじゃないの?

と言った、企業の姿勢や経営者/採用担当者のないものねだりを斬る姿勢が多い。そして、僕自身もこれらは正しいと感じる。

ただ、今回は少し違う目線…つまり「労働観」「労働信仰」から攻めてみたい。

まず、先程も述べたように「働かないといけない」と強く刷り込まれ、無理して応募してくる人が働いても誰も幸せにならない。

だから、企業が採用する際、労働者に対し高めのハードルを課す方がその企業で働いている人から見ると「無理矢理にでも働かなきゃ」と言う人が少なくなり、働きやすくなる。

だから、ムダに人を採ってしまう・妥協して採用してしまう企業よりはハードルを上げてる企業の方がある意味正しい。特に「長く働いてもらいたい・技術を教えてあげたい」など人を育てたり、養おうと言う気概がある企業が採用で人を選ぶのは正しいことだ。

問題は「養おうという気概がなく、人を使い捨てる企業が現状の求人や法律・もしくは行政による取り締まりでは混じってしまっている」ため、個人が企業を全く信じられなくなっていることにある。

そしてその病理は、個人には「働かなきゃいけない」と言う倫理や道徳が押し付けられているのに、企業や資本家が守らないといけない道徳が一気に弱まることにある。

法律はある。でも、守られてもないし、破った企業をちゃんと批難しようという文化が企業側や監督行政側に…ない。

賃金を払わないといけない、求人や報告にウソがあればそうした企業は晒されないといけない…ということは一切なく、一方的に労働者にだけは「こうあるべき」と押し付けられる。

それどころか実情に逆行して労働者への「こうあるべき」という厳しい条件ばかり増やしている。

世界で最も人材不足が深刻な国は日本(調査結果)

「高度プロフェッショナル」から真っ先に「残業代ゼロ法案」の血祭りに上げる安倍自民党政権を国民の半数が支持する国で熟練労働者が育つわけない。

2015/05/27 16:44

そりゃ、日本の野球選手も賃金が高いメジャーリーグに行くし、エンジニアも海外に行くし、バブルでリストラされた大企業社員がサムソンに買われたりするよ。

熟練労働者は育つかもしれないけど、育っても賃金を海外並みに増すことはないし、そうあるべきという風潮もない。

個々の企業の問題ではなく、文化・道徳のレベルでずれている。

個人には働けない人は福祉に頼ったり、やる気があるけどスキルがない人が再教育を受けられる場や空気が必要。働くのに最適でない人が自ずと退く場所がないとかえって、企業側も労働者も生産性が悪くしんどくなり、世知辛くなるドツボにはまる

また、企業にはブラック企業と呼べるほどの法律違反や過労がある企業は社会的に晒していく、法に基づいた制裁措置をしていくことで、応募者や働く側が信用できる契約ができるようにしていく必要がある。向こうはウソや違反をしてもOKで、こっちはあれもしなきゃこれもしなきゃじゃ被害者意識しか生まないし…。

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きもちはわからんでもないが、このマグカップでオレンジジュースすすってる奴が目の前にいると若干、頭にくるwww

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tm2501 登録者

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コメント

    我無回

    (2015年5月28日 - 11:26 PM)

    今回の話題から、異なった角度からコメントを二つ書きます。
    まず、「キリスト教から派生した日本独自のカルトを信仰し続けてる。」という点について、これはもう、亡くなられた小室直樹さんの著作群を読めば、明快にわかると思います。
    特に、「日本人のための憲法言論」が、分かりやすいでしょう。
    この本で書かれているのは、単純に「憲法」のことではなく、民主主義と資本主義がどのようなプロセスと歴史に基づいて、生み出され「憲法」が生まれたかが滔々とつづられています。
    その流れの中で、重視されているのが、マックスヴェーバーの「禁欲的プロテスタントの倫理と資本主義の精神」と、それを土台にして、民主主義と資本主義が生まれた過程です。
    その中で、「天職(callning)」という概念が生み出された。
    で、日本においては明治維新で、日本社会を近代化するためにどうするかが考えられ、その結果、伊藤博文が欧米ではキリスト教が社会の基軸となっており、日本にもキリスト教と同様の「宗教」が必要であるという認識から、「天皇は神である」という、「天皇教」が生み出され、さらにプロテスタントの勤労精神の、日本でのモデルとして「二宮金次郎」が採択された。
    要は、「キリスト教から派生した日本独自のカルトを信仰し続けてる」というのは、こういう流れを指しているわけです。

    我無回

    (2015年5月28日 - 11:28 PM)

    もうひとつは、「ブラック企業」のルーツですが、おそらくその大元を作ったのは、松下幸之助さんでしょう。
    なぜならば、彼は「職場は人生の道場である」こういう信念を持っていたからです。
    ていうか、元々「職場」は資本主義経済の枠組みの中で、経済的利益を追求するための場所のはずです。
    それが、戦後の日本では「家」になってしまい「共同体」なってしまった。
    その上、「道場」にまでなってしまう。
    元々、日本人には「仕事と芸事の区別、修業と事業の区別」が付いていないのではないかと自分は思っているのですが、松下幸之助さんが「職場を道場にした」ことで、その構造が固着したと思います。
    ただ、高度経済成長期と、日本が経済大国として君臨していて、「終身雇用制」が機能していた時代はそれでよかったでしょう。
    ですが、今はもう、それ等は見る影もありません。
    そんな中で、「職場は道場である」これをやってしまった結果が、ワタミであり、すき屋なのだと思うのですよ。
    もちろん、元々修業の場や芸事の場においては、「修業は厳しいものである」というのは、ある種の常識でしょうが、これを本来「営利の追求」が是認されている、資本主義経済のフロントエンドである、「職場」でしたことに、ブラック企業の淵源があると思います。

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