【ネタバレ注意】映画「この世界の片隅に」を僕は命あるかぎり、伝え続けていきたい。

2016年11月14日

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「この映画が見たい」の声が生んだ、100年先に伝えたい珠玉のアニメーション

クラウドファンディングで3,374名のサポーターから39,121,920円の制作資金を集めた本作。日本全国からの「この映画が見たい」という声に支えられ完成した『この世界の片隅に』は、長く、深く、多くの人の心に火を灯し続けることでしょう。100年先にも愛され続ける映画が、ここに誕生しました。

11月12日(土)全国公開 劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」公式サイト

映画を見た後にホームページのこのフレーズを見たが、「本当に100年先まで愛され続けてほしい」と心の底から願う。

そこでまずは、全国の映画館で見られるように広がってほしい。

大きな映画館が3つもある川崎駅ですら1つしか上映館がないなんて、酷い話だよ!!
上映1日目に見に行こうとしたら開演3時間前に券が完売してた。
映画を見るために無駄足を食らったなんて初めてだ!

翌日に見に行ったら見に行ったで、満席でなおかつ映画を見終わると両サイドの男性も、俺も涙をためながら目をこすってる…映画館でこんなことを体験したのは初めてだ!!
満席も、両サイドが泣いてたことも、後ろの席からすすり泣きが聞こえたのも全部初めてだ!!!

あらすじ

すずさんこと「北条(旧姓:浦野)すず」が広島で幼少期を過ごし、戦中に呉の北条家に嫁ぎ、その後戦争が終わるまでの間の時代を描いた作品。

嫁ぐ経緯から、戦争の描写まで「その当時の運命に流され続けるごく普通の女性」の物語であって、奇抜な人生や歴史的な決断をした人物ではない。
しかし、その「普通」な人の人生から戦争を覗きこむことにこそ、この映画の醍醐味!

戦争映画が持つ固定観念と、強迫観念を破壊してくれた革命的な作品

最初に言っておきたいのだが…ぼくは戦争映画が苦手だ。
しかし、「この世界の片隅に」は大好きな映画で、何回見ても終盤には鳥肌が立って涙が出てしまう。

それは、戦争映画特有の説教臭さや押し付けがましさがなく、とても素直に見られることが大きい。

これは具体的にどういうことか?
戦争映画特有の説教臭さ、押し付けがましさとはなにか?

それは、この映画では触れられつつも主題になっていない「戦争映画の定番」を見てもらうとわかりやすいだろう。
・原爆
・兵役や強制労働
・赤紙や兵役逃れ
・国策プロパガンダ
・飢え死に
とにかく、他の映画やマンガで描かれる戦争は反戦色と、未来の視点に行き過ぎた戦争批判が強すぎる
強すぎるメッセージ性が物語や登場人物への感情移入を潰してしまうため、戦争映画と聞くだけで気疲れする自分がいた。

もちろん、戦争中が野蛮な時代だったことは否定しない。

しかし、現代的な価値観や生活感で正論を言われたところで、当時の生活感も習慣もわからないまま
「あの時代は野蛮でした」
「国は人々を脅して酷いことをしていたから、国家に権限をもたせたり、暴走する可能性がある暴力装置をもたせてはいけない」
といわれても、イマイチ感情移入ができない。

一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字にすぎない」(ナチス親衛隊:アドルフ・アイヒマン)

アイヒマンは「一人の死」を悲劇と定義づけたが、死である必要すらない。
目の前の友達や身内のケガや病気でさえ、世界や歴史の戦争・飢餓よりも悲しい。
実際、ぼくはアフリカの子どもが何万人死のうが、僕は友達が病んでいくことの方が悲しい。
途上国の軍事政権に国民を虐げていることよりも、才能ある知り合いの同業者がしんどい仕事で自分が虐げられている日々をネットに綴ることの方が胸が痛む。

もちろん、不謹慎なことはわかってる。
でも、いくら戦争の悲惨さ・飢餓の理不尽さを伝えられても、スケールが大きすぎて統計や学問としての理解しかできない。
まして大半の庶民は、戦争を主導する国でも、先導するマスコミでも、兵隊さんでもなかったのだから
戦争がいけないのはわかるが、大きすぎる時代の流れを前に俺に何ができると?
みんなが貧しい時代に、飢餓で死ぬ子どもの話を見せられて俺に何をさせたいんだ?
という気持ちにしかなれない。いくら戦争について学ぼうが変わらない…それがぼくの主観だ。

そんな僕にとって、兵隊でも、飢餓で死ぬ子どもでもない「一般的な庶民の目線」から戦争を切り取ったこの映画は新鮮だった。
ぼくみたいな人に、戦中を生きた人の人生に感情移入させることにつながり、「戦争映画」という嫌な意味での固定観念を持たずに戦争について考えるきっかけを与えてくれた。

これはぼくの感想ではなく、実際に作り手の意識や思いでもある。

映画のホームページには「すずさんが生きた時代」という年表があり、片渕須直監督は「(現在)92歳のすずさんが生きているような気がしている」とインタビューに答えている。(参照:「この世界の片隅に」片渕須直監督インタビュー
そして公開後、監督のツイッターにこんな書き込みがある。

それを映画を見た後にホームページ読んだら、本当にすずさんが生きてるような気がして、また鳥肌が立ってしまった。
そして、記事を書く時に映画を見終わった後でさえすずさんのことを思って泣いてしまった。
最後は、「すずさんを実在させたい」という片渕監督の言葉を聞いて「実在してるよ!だから思い焦がれて、考える度に泣いてしまうんだよ」と心の底から答えるぼくがいた。

こんな気持ちは初めて。
同時に、もう一生ないであろうことを体験をこの映画でさせてもらった。

「紙の上にしか存在しない時代のできごと」で終わらず、その息遣いまで感じさせてくれる映画

この作品は、あくまでも戦争中の生活を忠実に再現することに重点を置いている。

原作コミックからして、細部まで生活感を再現することに特化した作品である。
その原作に、この作品の監督である「片渕須直」さんという細部まで緻密に調べこんで(必要ならば、町並みや文化の体験もして)作品に反映させる映像作家の手が加わる。
結果、作品の中にある生活感・今では見かけなくなった戦前・戦中ならではの光景が忠実に再現されている。

この作品には従来の戦争映画のように戦争の賛否を論じる人は出てこない。

その代わりに、戦争との接し方の前にキチッと民俗・風習を描いている。
「戦前からあった男性・女性の社会的な位置づけ」
「戦中特有の体験したことのない事に戸惑ったり、楽しんだりする姿」
「戦中特有の心身貧しさの中から生まれた生活風景や困窮するさま」
そもそも、そこを知らないまま戦争体験だけを聞かされてきたからぼんやりとしか理解できなかった。
しかし、生活感溢れるアニメーションは、ぼんやりとした理解で終わらないように、細部まで戦中という時代を描いていた。

中でも特に僕のような「現代っ子」に興味深かったのは今ではほぼ見かけなくなった風景をきちっと調べてアニメにしていること。主なものだと
・蒸気機関車がトンネルに入る時は煙が入らないように窓を閉める
・戦中の食糧難から試行錯誤された野草料理
・室内に落ちた焼夷弾を布団と水で消す描写
など今では雑学にしかならないことを、本当に活用してる光景が描かれていた。

それが映像として新鮮でもあり、戦争映画の固定観念・やりきった感をひっくり返してくれたため、画面に釘付けになれた。

確かに、他の戦争映画同様にこの映画でも戦争が進むにつれ、世の中も主人公もみんなおかしくなる「戦争の悲惨さ」と物語は向きあっていく。
で呉という立地もあって作った兵器が動いていることを誇らしく思う描写や鎮守府に停泊してる軍艦を覚えて、親しみを持ったりするシーンも描かれてる。

どちちも本当のことで、どちちもすずさんの日常。
それを思想やメッセージ性で、誇張したりそぎ落としたりせず、きちっと気持ちと生活感を伝えてくれたことが、ぼくには嬉しかった。

「キャラ」に収まらない「普通」なすずさんが好きで好きで…

映画を見て、泣くほど感情移入したすずさんについても語らせてください。

基本的に、おっとりとマイペースしているすずさん。
気丈な部分や周りを明るくするようなみんなに愛されている人。
反面、我を忘れて怒ることも嫌いな相手の不幸を願う人並みの病んだ部分もある。
極端にいい人または悪い人に描こうと言う作為はなく、むしろ「普通」を目指した描写がなされている。

「普通に笑って、普通に怒って」
と作中で評される通り、とにかく小市民な女性。
言うまでもなく「中庸」という意味であり、「地味」という意味ではない。

今や日本中、テレビをつけたら「キャラ」だらけ。
テレビどころか、テレビの真似をして普通の人にまで「キャラ」でカテゴライズしたり、「キャラ」であることを求めてくる人までいる。

キャラだって悪いことばかりじゃないよ?
話をストーリー立てて進めたい時に誰でもわかるような形に落とし込むことができるし、いちいち人間らしいよりも楽に作品を見ることができる。

でも、度が過ぎると痛々しさを感じるのよ…。
テレビやユーチューブを見るたびに、芸人が先輩芸人やテレビマンに可愛がられようと強引に声を張り上げたり、どう見ても少女とは言えない年齢の声優さんが媚びたような10代の萌えキャラ役を演じてるところをみるのが歳を重ねるごとにぼくはしんどくもあり、申し訳なくも感じる。

最近はキャラ的な人、それもキャラ付けが過剰なあまり痛々しくなっている人が増えてしまったせいで、ぼくは「キャラ」というものに飽きていた。

その反動もあってか、すずさんの人間的で「状況に流されながら変化しつつも、人格の芯がブレない」ところに心を打たれた

ぼくの強いエゴである「キャラじゃない人間、オタクなアニメ制作者がキャラ扱いしてない人間をアニメでキチッと見たかった」をキチッと叶えてくれていたことで、僕はこの作品をより強く好きになれた。
それも、キャラであれば伝わりづらい戦争映画の中で、キャラを超えた人間の姿を見られたからとても見入って行けた。

 

芸術家肌のすずさんはあるシーンまで「現実を生きてなかった」

僕が映画を見てて興味深かったことは…イラストが描ける友達が自分を言い表すフレーズが劇場ですずさんを見てて何度か聞こえたこと。

普通の人から見れば、すずさんは限りなく中庸な小市民にしか見えない。
しかし創作をする人か、創作している友達がいる人がでないとわからないことが、すずさんの「キャラ」と言えるだけの変わった部分も、少しだけ存在する。

友達と初対面だった時に言われたことがある。
ぼくは現実であったことを創作で連想してしまったり、創作のネタに使えると考えてしまっているので、現実を(現実と捉えて)生きていない。

 

すずさんは絵が描ける人だった。
そのため、幾つかのシーンで彼女は風景を絵に見立てるシーンが出てくる。
幼少期も、戦争中も変わらずに絵描きの感性を持ち、「世が世なら」と思わせてくるところがさらに強く感情移入させた。

そこに持ち前のマイペースさが加わり、絵に集中するあまり周りを困ったことに巻き込んでしまったエピソードも…。
そのエピソードも「世が世なら」と思うことが多かったため、友人を含めた絵描きさんを尊敬しているオタクな僕にはより一層すずさんに何かを重ねあわせていた。

「世が世なら」なんて仰々しい言い方をしたが、すずさんの絵についてのドジは笑ってごまかせることがほとんど。
いや、「マイペースなすずさんらしさ」として周囲が受け入れられてしまうのはすずさんの人徳か、それともかわいさか…。

少し、友達の話に戻る。
そいつは現実を見ていないと同時に、不真面目なやつだった。
ちゃんとすれば、モテるなりお金がたくさん貰えるなり、頭のいいやつを言い負かすなりできる優秀なやつだが、残念ながら彼はあまり日本のGDP…いや、皮肉を込めて言うなら「世のため、お國のため」に貢献する気がないようだ。

あまりにも、マイペースにダウナーなので、なぜがんばらないかを聞くと
俺ががんばらないといけない社会なら相当ヤバい。俺より優秀な人、やる気のある人ががんばってどうにかなるうちは俺は死なない程度にしかがんばらない

この台詞、映画のあるシーンを境にしたすずさんの描写を語る上で、大事なキーワードになる。
少なくともぼくはその友達がいたからすずさんがなぜああなったのかを理解できた。

すずさんのマイペースさを笑っていられる時期は平和でもあり、戦争に対して面白おかしい部分を持ち合わせていられた。

でも、すずさんはあるできごとをきっかけに、本人が「何も考えてない」と言ってたほどおっとりした性格から、悶々といろんなことを考える人になってしまう。

人が変わったように見えて、マイペースの方向性が変わっただけ。
本質的にはマイペースなままだけど、戦争が泥沼化する前の彼女からは考えられぬほどシリアスなことを言い出す。

マイペースはマイペースでも、みんなが笑ってくれるようなすずさんではない。
仕方のないことを真面目に考えたり、衝動的な行動をとって誰かがフォローしないと行けない状態になったり、もはや手もつけられないほど高ぶっている彼女に誰も彼もが黙ってしまったり…。

おっとりしてたすずさんでさえ、笑えなくなったり、生真面目に傾くことに「戦争や貧しさは人を壊し、すずさんはキャラじゃなくて人間だから壊れていく」シーンは似たような人を知っていたからこそ、その惨状が伝わった。
だが同時に、人が振り回されるようなことをする人であることは変わらないから「すずさんにキャラ以上の人間味と、人として生まれ持った性分・根源を感じて、特別な思い入れをもつことができた。

戦争の作品でないと描けない一面であると同時に、他の戦争映画では描かれない人なので、映画としての完成度に驚くと同時に
「この映画を見てよかった」
「戦争の傷や愚かさを強調する作品でなかったことが、かえって戦争の恐ろしさについて考えるきっかけになった」
というふうに感じた。

最後に

この映画はすずさんが、
昭和以前の女性に人生を決定する権利が少なかった時代に嫁に行き、
嫁ぎ先で戦争にも家庭の事情にも巻き込まれて、肩身が狭くなりつつ時に楽しみつつ乗り切ろうとするも、
最後の最後、マイペースで絵のことや食べ物のことばかり考えていたおっとりとしたすずさんでさえ、時代と環境を前に生真面目かつ神経質になって歪んでいく。

そんな普通の戦前戦中を描いた映画。
でも、普通のことを細部まで細かく再現し、その時代の特別ではない人でさえ歪んでいくことで、なおさら危うさを感じてしまう映画。

同時に、 すずさんでさえ歪むほどに時代と向き合っていたからこそ、「すずさんには幸せになってほしい」と心の底から応援でき、応援することで自らも勇気をもらえる映画。

そういう作品だから、100年先…少なくともぼくの目の黒いうちは伝え続けていきたい。
見たこともない観客の反応、僕自身に湧き上がった感情、この記事を書く時にまた泣いてしまったことを、ずっと忘れたくないから。

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DVD出てるので良かったら買ってください。
本当にいい作品なので、一家に1つ置いて後世まで語り継いでほしい。

 

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