「下から目線」は「上から目線」以上に問題だと思う – 青二才は振り向かない!!

「下から目線」は「上から目線」以上に問題だと思う

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最近、一生懸命に人に役に立ちそうな情報を良かれと思って書いても、「自慢」だとか「マウント」だとか言われることに、悩んでる。

例えば…自分の調べたり、経験した恋愛の話から「こういう状況はしんどい」「自分みたいな立場や経済事情の人間はこうやった方がいい」という話をすると「【恋愛したことある】というマウントですか?」と言われて…頭を抱えてしまう。

むしろ、したことがなかった頃の自分…女性に対する苦手意識があったり、モテる男性が当たり前にやってることに対して疑問・嫌悪感・諦めなどを持っていた頃の自分と似たような人にこそ、「こんなにデブで貧乏な俺でも、えっちらおっちらできることだってあるんだから、俺よりももっとマシな人達は、ちゃんとやれば異性と話す・交わる・付き合うぐらいのことはできるぜ?」
という意味で失敗談コミコミで話してる。だけど、本当に伝えたい相手である【自分がダメだった頃のまま人生を10年20年歩んできた人】に自慢だと言われてしまう。

必要だと思って話していることが、必要なはずの人には自慢に聞こえることがある。
…これ、勉強とかでもそう。ブログでも筋トレでもそう。
最初から完璧にできた自慢どころか、むしろできなかった時の試行錯誤があるからこそ「こうやった方がいいよ」という言葉を言ったり、やってる試みを紹介している。
だけど、それが受け入れられないケースが多々ある。

しかも、タチが悪いことに、ネットでは雑に人の意見を突っぱねたり、批評したりできるため、実際にお会いすると突っぱねられないような意見が、ネットでは突っぱねられることが多い

 

リアルな場所でお会いした人はお茶を濁したり、聞く気のない態度でスルーするところを、ネットでは、ぼくが見てないとでも思っているのか、ぼくのブログのリンク付きで「マウント」だとか、「わかったようなことを言ってるところがサムい」とか平気で書いてくるやつがいる

丸見えやで?お前のその後ろ向きな態度と、悪口。

だからこそ言いたいね!
【上から目線】と同じぐらい、【下から目線】も人を傷つけるし、たちが悪い
と。そして、ネットにはそういう人が溢れかえっている…と。

被害妄想がはびこってるSNS空間

もちろん、本当に被害を受けた方もいる。
そして、その被害を警察や裁判所、学校の先生やお医者さんが解決できてない部分はたくさんあるから、それはそれでかわいそうだし、社会の課題として解決して欲しい…。

 

だけど、いちいち人の言ってることを…アドバイスや提案、親切や体験談・思い出話に対しても、
「自慢ですか?」
「マウントを取りに来ないで」
的な言い方で突っかかってくる人は…自分の被害妄想でしかない。

そういう人に限って、突き詰めていくと「相手がどんなことを考えて伝えようとしているか」なんて関係なく、単に自分の不甲斐なさ、自分の置かれている現状や境遇が受け入れきれてない。
むしろ、追いやられてしまった自分自身への怒りでしかないことに怒ってるだけ…というケースが多すぎる。

嫉妬や僻みは他人に向けられた言葉のようでいて、自分のコンプレックスや行動力のなさの裏返しでしかない…というケースが多すぎる。

少し考えてみなさいよ。
ブログやツイッターはあなただけのために書いたものでもないし、ましてや責めるほど人のことを言えるほど立派な人間でもないぼくに「マウント」だ、「自慢」だと言うこと自体が、もうちゃんちゃらおかしいよ。

腹が出て、人に会わない日は無精髭なぼくに…「自慢ですか?」とか被害妄想ぶちまけてきてる事自体を恥ずかしいと思って欲しいね。

そもそも、何もしない人になにかしてる人を嗤う権利なんかねーよ!

そして、同時に言いたい。
その日会いに行く女の子のことを楽しませようと色んなプランを用意したり、女の子と会う時ぐらいは眉毛と髭と服のサイズぐらいは整えていこうとするぐらいのことは…当たり前にやるべきだし、それすらやらない・調べない・聞く気すらない人から「自慢」だなんだとか言われたくないさ

そりゃ、ぼくよりももっとモテることにリソースを割いてる人に比べたらぼくのしてることなんて常識の範囲内だし、人としてアタリマエのことで何一ついばるにも紹介するにも値しないよ?(それすらしてない人もいっぱい知ってるけど)

本当にモテたい人・いい印象を持たれたい人は、髭と眉毛と服のサイズどころじゃないほど、出かける前の下準備には手間暇をかけてる。
女子が喜びそうな気配りや振る舞いを勉強してる人もいるだろう。

だから…批判する気にはなれない。

そりゃ、好き嫌いぐらいはぼくだって言うし、それが書き物に落とし込まれた途端にブログというぼくの専門領域に入ってくるから「書いてることがおかしい」「記事に矛盾や二枚舌になっている部分があり、書き物として悪意を感じる」とは…言うよ?

 

でも、その人がしてきたモテるための努力、異性と会って何が喜ぶか何がダメかをリサーチしようとがんばった姿勢やその結果に対しては尊敬する。
そして、自分以上に努力しているからこそ結果に対する嫉妬とかは…生まれないんだよね。

 

考えてご覧なさいな。
イチローに嫉妬する人なんていないでしょ?

イチローより練習できて結果も出せるプロ野球選手なんて、イチローと同じぐらいすごいプロ野球選手しかいないんだから!!

…それと同じこと。

ただ、サッカー選手である本田圭佑が、社会のことを語りだしてしまうと…「自分も少しは知ってることだから違うと思えば意見したくなる」気持ちはわかる。
でも、インターネットだと同級生をいじめてるぐらいの言葉で、他人を批判している人がたくさんいて、それは違うよね?

本田圭佑ぐらいなにかに秀でた人・壮絶な経験をした人の言葉なら深い考えや自分に気づいていないことに気づいている可能性を…考えるよね?

本田圭佑に限らず「自分が知らないことを知ってるかも知れない相手」には遠慮が働くだろう。面と向かって言えないだろう。それを踏まえて批判しようとするかもしれない。

どんなことをネットに書いていようが、インタビューで答えていようが、会ってにこやかに挨拶されたら、好きになってしまう人・舞い上がってしまう人もたくさんいることだろう。

 

だからこそ、ネット上で本田圭佑につかかっている連中の態度には絶対になりえないし、なってはいけないと思う。
アレは、何億円もらってるプレイヤーに対する態度でもなければ、大半の日本人が一生しないであろう経験を毎日しているようなすごい方だと思うリスペクトがあったらああいう態度には絶対にならない。

突出した努力や経験がある人物だと誰もが知ってるからこそ、そういう人に嫉妬や頭ごなしな批判をする人間は稚拙で恥ずかしいことだから。

下から目線で、あるいは揚げ足取りで、軽々しく自分の知らないことをたくさん知ってそうな相手を見下すのはみっともないことだ…そうは思いませんか?

 

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そもそも論、下から目線になる時点で自分が下だと認めてるわけで…

そもそもだ!
インターネットでリプライ送る感覚で、上司や社長に突っかかる人なんていないでしょ?いたらクビが飛ぶでしょ!?

 

そういうことなんだよ。
下から目線って言うのは「上司と部下」というぐらいの上下じゃなくて、「貴族と奴隷」ぐらいの差で下からなので…正確には、「奴隷目線」だね

自分たちが苦しい・虐げられてるという被害妄想の上で成り立ってる奴隷目線。
それも、暴力とか自分が批判を浴びかねない相手には絶対に突っかからないで、ホリエモンとか本田圭佑とか…あるいは態度が悪いぼくのブログとかにしか突っかかってこない「姑息で打算的な奴隷」の目線。

「態度が悪いお前が悪い」とかいう人もいる。
一理あるよ?でも、態度が悪い人に、徳や論理で反論できず、印象と自分の感想で立ち向かう時点で…人のこと言えないし、言う権利もないよね??

そこが、下から目線の問題であり、下から目線な意見こそ増幅されやすいインターネットの大きな問題なんだよ。

本来、生身の人間同士では向かい合わないはずの人間同士が向かい合ってる。
30年前なら本田圭佑やホリエモンに意見することなんて一生なかったはずの人がネットの力を借りて下から目線でイキってる。

 

下から目線で突っかかってる時点でもうバカだし、問題だし、自分の人生や日常をきちっと生きるべきだと思うよ?

特に、悪意がある人は…もう、誰かに訴訟を起こしてもらうか、大企業からSNSのアカウントを取り上げてもらうしか解決方法がない。
でも、悪意もないままに、本音として「被害者意識」を垂れ流したり、「出る杭を打つ」ことで虚栄心や自己肯定感を満たす方向にネットの中で流れた人には、このマンガのコマを紹介したい。

「ここは今から倫理です」というマンガの1コマ。
襟を正す思いで、自分が悲観的になりすぎり、マイナスにばかり他人を捉えてしまいがちな時にはこのコマを見るようにしてる。

 

「みんなもやろう」
という言い方をする気はない。

ただ、良心があり、より良い人間として生きたい気持ちがあるなら、稚拙に見える意見にも尊敬を持って頭ごなしな批判や、勝手な被害妄想で突っかかるような真似はしないで欲しい。
下から目線で雑にぶった切ることに意図があるなら…それが伝わるような愛情や行動が伴っているかどうかを自分自身に問うて欲しい。

そうすれば、世界は多少なり優しくなるだろう。
…世界平和が来るかどうかは知らないけど、少なくともあなたに接する人間の質と態度は良くなるのではないだろうか?
相手の態度を決めるのは自分で、喧嘩腰に接すれば相手も高圧的になるし、愛情を持って接すればそれもまた然りだから。

 

 

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