マンガ「響〜小説家になる方法〜」は雰囲気マンガです。ダメなアスペが俺TUEEEするゴミマンガです。

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少し前にマンガワンという小学館のマンガアプリで
「響、映画化するからイッキ読みしてね。単行本買うよりも安くまとめ読みできるから、よかったらイッキ読みしてね」
的なノリで、響がイッキ読みできたので、4巻で止まってた響を最新刊ぐらいまで読んだ。

4巻までなら「テンポの遅い発達障害マンガ」として評価できたんだけど…最近のところまで読んで
「うわ~これはゴミだわ。」
とびっくりするぐらいつまんなくなってた響に、怒りがこみ上げて、やりきれないため息が漏れた。

そこで、4巻時点で勧めてくれたオタ友に
「響びっくりするぐらいクソになってるやん。」
とクレームを入れたところ
「あれじゃ、小説家になろうの異世界転生俺TUEEEだよね。勧めちゃって申し訳なかった」
という話になったので、映画やマンガ大賞2017をきっかけに原作読んで、ため息を漏らした人達の声を代弁してやろうと思う。

ぼくが映画を見たってわけじゃないんだが、映画の方は…かなり良くなってるらしい。
だから、映画の方は…見てもいいと思うけど、原作は本当にゴミだからおすすめしない。

クソでも、ダメでもなく「ゴミ」ね。
これは響が作中で面白い小説以外を本棚に並べたときに、つまんない方を「ゴミ」と呼んでいたため、
響自体がつまんない作品をゴミ呼ばわりしてきたんだから、当然お前の作品がつまんない時はクソとかダメとか改善の余地がある言い方ではなく、ゴミって呼ぶのが正しいんだよな
という俺なりの読んでるアピールです。

本当に作中で言ってることをそのまんま言ってるだけなのであしからず。

世の中には「頭のいいアスペルガー(社会不適合者)」という人種が一定数いる

響のような奇行と賞を総なめをセットにしたような人、特に実在する人物であれば、東浩紀という哲学者・小説家(本人は批評家と名乗ってる)が近いと思う。

朝まで生テレビ!で議論を放棄して帰ったり、
ニコニコ生放送では、若者を威圧して喋れなくしたり、知識人のゲストやレギュラー陣に悪態をつくすごく態度の悪い人。

それでも、哲学書が読める程度に知識人(気取りで、知識人ぶってるだけの人文ワナビーの皆さんから)人気がある哲学書を書いている頭はいいんだろうけど、社会適合性が著しくひどい人。

哲学書をガツガツ読める人は確かにIQは高いんだけど、学問って体系的なものだから、
「賢い本が読める俺すげー」
「哲学が一番難しいこと書いてあるからアレこそが学問だ」
というバカは…だいたいインテリとしてはバッタモンだからね?

学問というのは体系的な知識が必要で、哲学だったら世界史・日本史、技術系の歴史といったその哲学者がその時にどうしてそれを考えたかがわかんないまま哲学書読んでも哲学かぶれにしかなれない。
ぼくが大学で学んでたのは経済学だけど、経済学だけだと抽象的な数式にしかならないから、政治や心理学、流行の循環を歴史的に掴んでいく必要があるんだけど…そこがない人は経済学には詳しいけど、経済には詳しくなれない。

例えば、経済学の授業で散々出てくる
「GDP=消費+投資+政府支出+(貿易の収益)」
というのがある。個人の消費がどうやったら上がるか?そもそも個々の人の好みやその人にとっての合理的な考え方はなにか?政府支出…つまり、政府がどうやって税金を取ってどうやって使い道を決めてるか?など、数式を深掘りしていくと心理学や政治学にぶち当たる。

ここが学べてない人はいくら経済学に詳しくてもダメなわけ。
名誉のために言うと…東浩紀は世界史を踏まえた言い回しができる人だから学者としては優秀な側面もないわけではない。
ただ、東浩紀の本や生放送見て、わかった気になる人は東浩紀から便利な言葉をもらってるだけで別に勉強という勉強はできない人。だから、「インテリ気取り」と一刀両断してるわけ。

東浩紀の悪口はここではこのぐらいにするけど…東大出て学者や研究者やってインテリとしてご飯が食べられる人には一定数「すごい賢いアスペルガー(社会不適合者)」というのがいて、その中でもいちばん有名なのが東浩紀ね。

響というのは、主人公の鮎喰響という女の子が、「すごい賢いアスペルガー」の一種で、彼女の小説を見る・書くセンスが人並み外れている一方、破天荒な立ちふるまいもすごい。

だから、4巻ぐらいまでは
「こういう人を面白く描けたらすごいよね」
というぐらいで見てたんだけど…最新刊に行くにつれて、その期待は裏切られていく。

作者は小説のすごさと、奇行でバランスを取ってるつもりだが…どうもそのメカニズムへの理解が甘い。

なぜ、奇行がすごい社会不適合な天才が神格化されるのか?

90年代に問題になったオウム真理教教祖「麻原彰晃」のすごさを信者の人に聞くと
「何を聞いても、たちどころに自分の悩みに答えてくれた」
という。ぼくに言わせると、東浩紀の哲学にかぶれてる人の現象は近いものを感じる。
人によっては落合陽一もその部類だという人がいるが…あながち間違ってはいない。

人間って面白いもんで、感動させられた部分・好きな部分があると相手の弱点すらカリスマ性や天才性のように解釈してしまう変な習性があり、賢い発達障害にはそう思われる傾向が強い(だから、発達障害でモテる人は意外と多い。)
ぼくに言わせると東浩紀はそういうタイプの一種で、響というマンガもそこを狙って書いている。

これは発達障害のメカニズムとしてはすごく正しくて、ADHDやアスペルガー、サヴァン症候群などを持っている人はずば抜けた頭脳を持っている一方で、苦手なこともあるため、ムラがあって悩んでいる人は多い。

自分の場合はADHD寄りだけど、幼い時からできることとできないことの差が同じ人間とは思えないほど激しかったことから
「本当の自分はどっちなんだろう?評価されてる自分と、評価されてない自分」
と思い悩んで病んでしまった。

すごく平たい言い方をすると、ADHDは落ち着きがなくて忘れっぽいものの、色んなことに関心があって、面白いアイデアをポンポン思いついたり、複雑そうに見えることを自分の頭の中で独自の世界観でまとめるのが上手い人
すごく平たい言い方をすると、アスペルガーは言葉尻をそのまま捉えるため、例え話や感情を踏まえた話が苦手な一方、数字や事実ベースで論理を組み立てていくのが得意な人

ただ、ADHDはブルーカラーでは落ち着きがなくて忘れっぽいところばかりが悪目立ちするから基本短所にしかならない。
アスペルガーも間にはいって調整したり、意思疎通や合意を大事にする仕事では、文面に付随した人間関係や色んな専門分野の捉え方がデキないため、あんまり会社員としては優秀ではない。

ところが、そういう人がクリエイティブな世界や、自分の考えたアイデアを発表する世界に行くと、デキないことがあることが逆に天才っぽくて、面白い人だと思われてしまう
余計なことを追いかけないで本質を突き詰めて行くことができる人が出てきてしまう。

そこが、芸術やエンターテインメント、記録を追いかけるアスリートやeスポーツの世界だと才能に変わったりする。

響の面白い部分であり、基本的な構成はそういうところ。

ただ、作者の力量が圧倒的に足りなかったため、奇行は暴力沙汰でしか表現できないし、強みは精神論でしか表現できない中途半端なキャラクターになって、響は4巻以降どんどんワンパターンになっていく。

文学の救いは芥川賞と直木賞をダブル受賞するところではない

響のよくなかったところは、「芥川賞と直木賞のダブル受賞」とか「友達に触発されて書いたラノベはアニメ化されるほどバカ売れした」という形で響の才能を表現してしまったところ。

もうちょっとざっくりいうと
「天才=万人に受け入れられる才能」
という形で表現してしまったため、かなりずれたものになってる。
それも、才能がマルチなのではなく、1作でみんなから認められて賞を総なめにするからおかしなことになってる。

もちろん、難解な小説を書きながら、芥川賞だって取れてしまう円城塔みたいな人もいるけど…円城塔でさえ1作品で同時受賞はしてないんだよ。

あるいは、ライトノベルで「俺がお嬢様学校の『庶民サンプル』としてゲッツされた件」というゴリゴリのオタク臭い作品を書いて、一般の女性から評判が高い「ぼくは明日、昨日の君とデートする」という純愛モノを書いた七月隆文みたいな人も…いないわけじゃない。

かくいう東浩紀だって、哲学で賞をとって、小説でも三島由紀夫賞取ってるし。

だから、マルチな才能を持つ天才は…実在する。
ただ、「万人に受け入れられてる」みたいに描かれてるのはちゃんちゃらおかしいし、そういう人の奇行を暴力や不法行為で表現してしまうのはすごく安直。

当然、どんな天才にもアンチはいるし、天才の裏付けになりえる作品や表現の手法・価値基準があるのだが…そういうところが全く描かれてない

小説でも哲学でも賞をもらった東浩紀がみんなから支持されてて、権力やサラリーマン的に自分の仕事しか考えてないやつからだけ恨まれてるかというと当然そんなことはなく、
「動物化するポストモダンって、矛盾してない?」
「そもそも、どんなに賢かろうが、テレビの収録や生放送であんな態度取るやつ論外でしょ」
みたいなことは…みんな思ってるわけで。

賞とかでは表現しにくい天才としては、川上稔という小説家にも触れておきたい
彼は1年に3000ページ前後という大量の小説を書く速筆で、出版する作品はことごとく長いし、表紙はとんでもなくオタク臭い。
ただ、それでも描いている作品が面白いため、長い小説を一生懸命読むファンが多く、ライトノベルの世界では主流ではないものの、固定ファンが多い作家だ。

書物の世界はみんな何らかの賞をとってデビューしているから「無冠の帝王」と呼ばれている人は少ない。
同時に、作家のパーソナリティがわかるようなエピソードが出回りにくいから賞ですごさを出そうとする発想は安直だがわかんないわけじゃない。

…いや、むしろ「少ない方の無冠の帝王」にこそ天才が眠ってたりするもので、ライトノベルの中では最も売れたと言われてる「とある魔術の禁書目録」の作者、鎌池和馬は…賞が取れず1年間の武者修行を経てのデビューだったりする。

文章というエンターテインメントは賞と興行、賞と賞のカラーの違いがあるから
「みんな違ってみんないい」
「何が売れるかなんて実は誰にもわかんない」
というところが、アスペルガーみたいな人にとっての救いなんだよ。

一般の人の気持ちがわかんなくても、自分と似たようなこじらせた人の気持ちを代弁できたら売れることもあるし、
オタク・マニア・有識者の皆さんから「クソ」呼ばわり作品されてるがキチッと売れ筋を捉えて売れたり…そういうところが救いなんだよ。

 

それを売れる売れない、賞をとる取らないで表現しちゃう安直さが響という作品の限界になってる。
発達障害について描いた作品としても、文学を描いた作品としても非常に拙い作品になっていて
「発想も着眼点も面白いのに、作者の力量が足りないせいで残念なマンガだなぁ−」
というところで落ち着いてしまってる。

 

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人智を超えた天才は預言者と区別がつかない

「無冠の帝王」と聞いて文章の世界以外で有名なのは、元プロ野球選手の清原和博だと思うが…この人は毎年30本前後のホームランをうち続けて、タイトルも取ってないのに歴代トップ10のホームランを打ってる。

清原の天才性は525本のホームランや、高校時代の大活躍で表現するのはにわかだ。
たしかにそれもすごいのだが…清原はもし監督や解説者を真面目にやっていれば、きっと大成したであろう野球を見る鋭い目をもった人なんだ。

例えば…スカパーのCMでは、ブレイクする前の柳田を日本代表の最強打者として名前を挙げてる。スタッフが用意した選手の中に名前がなかったから自分で名前を手書きにしてオーダーを組んでいるほど。
「日本人で一番スイングスピードが早い」と断言して、1軍と2軍を行ったり来たりしているブレイク前の柳田を日本代表に推してる。

読んでほしいのは、大谷翔平に対する「打者に専念すべき」という評価で、日本で打者に専念すべきと言った人は…イチローと清原ぐらい。天才は天才を知るという言葉がこれ。

「ストレートで三振を奪える球を武器として身に着けているなら投手一本で行け。だが変化球で交わす投球を主体にしなければ抑えられないと感じたなら、思い切って打者一本にすることを俺は勧めたい。『一流の投手」にはなれると思うが、野茂・松坂クラスの『怪物」には及ばないと思ってもらいたい。だったら、打者に専念してほしい。」

投手としてMAX165キロの大谷だが、実は日本時代からボールがシュート回転して160キロ出ているのに当てられたり、メジャーに行っても足や肘を怪我して万全ではない。
一方、打者としてはメジャー1年目で本塁打20本という松井秀喜以来の記録を達成しているため、打者としての才能をいち早く評価した清原はすごい。(まだ打者としては結果の出てない2013年時点で言い当ててる)

自分のバッティングについて説明する時は、語彙力が追いついてないから解説が必要になるけど、解説に回るとものすごい先見性を発揮する。

 

清原以外にも落合博満や野村克也なんかもこういう予想的中エピソード多い。
野村克也はキャッチャーであり、解説のために色々勉強してそうなってるけど、落合の方は家で高校野球を見てるときでさえ、ほぼエスパーみたいな当て方をしてるそうで…

 

響ってこういうのないんだよ。
ただただ、精神論とか後付の批評で面白いつまんないだけ。

2ちゃんねる(5ちゃんねる)に張り付いているネット民みたいなことを作者に面と向かって言ってくる痛いやつなんだよなぁ…響で描かれている天才性。
15、16の生娘風情がネットの受け売りみたいなこと言ってる死ぬほど痛い作品に成り下がってる。
(ブサイクで汗っかきのオタクなら絶対受け入れられなかったであろう作品で、マンガオタクの皆さんの少女趣味がこれでもかってぐらい反映されてる感じ)

どうしたら面白くなるとか、これから伸びる人を当てるとかそういうのはないの。
むしろ、天才と呼ばれる人はそこを当てたり、独特の理論を持っていたり、話してみると粗暴にみえて実はすごい理論派だったりするのが面白いところなんだが…そういうの一切ない。

野球でいうと「粗暴なイメージで実は理論派」には伊良部や中村ノリがいるんだけど…もう記事が6000文字超えて長くなってるからあとは自分で調べて。
グラウンドではふてぶてしくて一流選手なのにプロの指導者のオファーとか全然来なかった人が、テレビやYouTubeでは「あなたのおかげで野球がうまくなりました」「野球が理解できて面白いです」というのが…ある。

一芸に秀でた人達が活躍する世界の魅力は…むしろそういうところだよ。
社会に受け入れられなかろうと、大人の事情を汲み取れなかろうと、そのキャラや理論、活躍をちゃんと評価してくれる人がいるところ。
また、人間関係や処世術に関係なく、技術屋として極められる面白さにあるんだよ。

そこが描けてない天才の話なんて雰囲気マンガ…響の言葉を借りると「ゴミ」なんだよねぇ〜

ゴミでもいいなら読めばいいと思うけど、俺はおすすめしないわ。

 

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