オリックスファンだが、球団ホームページで背番号の歴史がないの悲しい

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よく世間話する西武ファンが
18番が…西武が大事にしてきた18番が汚されてしまった…
と怒りに打ち震えていた。

最近の人の背番号がアバウトな上に、18番というと松坂大輔が強烈過ぎてぱっと思い出せず、検索すると…西武の公式サイトからこんなのが出てきた。(18番が誰なのかは後ほど)
埼玉西武ライオンズ公式-背番号の歴史
この機能はすごく便利で、西鉄時代の1950年〜最新の2019年まですべての背番号、すべての選手を見ることができる。

西武独自のサービスではなく、巨人のサイトを見てもやっぱりある。
背番号変遷|読売巨人軍公式サイト
もちろん、1935年の結成当初の選手から今の選手までわかる。

例えば、1番。
1番といえば、王貞治の永久欠番として有名だけど…実は「俺がルールブックだ!」という言葉を生み出した二出川延明という審判に転身した元巨人の選手が巨人で1番を最初につけている。
こんなこと知ってる野球ファンの方が少ないと思うが…見てみると案外面白い。

他にもソフトバンクにもある。

しかし…自分が応援しているオリックスはない。
オリックスだけではなく、ロッテや日ハムも背番号の歴史をまとめたページがホームページにない。

オリックスもオリックスで、7番という伝説の番号があったり…仕事人揃いの9番は歴史の変遷をたどるとなかなか面白い背番号なので歴史を掲載すると面白い。

オリックスの7番は福本豊さんがつけてた「準永久欠番」。
90年代のオリックスではイチローや田口壮に打診されるも、二人が辞退するような番号。(谷佳知は希望したが、球団側がまさかの拒否)
その後、10年の時を経て雑につけられる番号になってしまうと、オリックス暗黒期に突入。
しかし、球団もさすがに縁起の問題に気づいたのか、7番を再び大事にして糸井嘉男に託す。結果、糸井は福本豊さんが乗り移ったように盗塁を重ねて最年長盗塁王記録をオリックス時代に残してから阪神に移籍する。

福本豊の「日本最多盗塁数」と、糸井嘉男の「日本最年長盗塁王」…その両方が詰まった12球団最強の韋駄天の背番号。
価値を知っている世代ならイチローや田口壮でも辞退するありがたい背番号…それが、オリックスの7番なんだ。

 

9番の話は面白いけど、少し方向が違う。なにしろ、主な背番号9をつけた人は曲者揃い。
本西厚博…イチローと田口に守備を教えるほど守備がうまかった守備職人。
嘉勢敏弘…大谷翔平が現れる前に二刀流選手として活躍した外野手/投手。投手として1年で70試合投げたこともある。
平野恵一…現タイガースコーチ。オリックス暗黒時代を支えた名選手であり、169cmながら守備も打撃もできる器用な選手。
坂口智隆…今はヤクルトの選手。オリックス暗黒期に最多安打のタイトルを取る大活躍をするも、その後不審に陥ってヤクルトへ行って復活。
ステフェン・ロメロ…2016年にオリックスに来てから主砲として活躍。オリックスがはじめて3年契約を結んだ外国人選手。

このメンバーの中で「オリックスの9番といえば?」という話をオリックスファン同士でやったら、朝まで結論が出ないほどの大論争になるメンバー。
それぞれにタイトルやタイトル以上の偉業を持っている仕事人揃いだから…それはもう揉める。

背番号論争はファンにとっては何杯でも酒が進む究極の野球マニアの遊びの1つ
それがオリックスの公式サイトではできないからいちいちネットで細かく調べないといけない。
でも、西武・巨人・ソフトバンクは球団創設以来のすべての選手の背番号がわかるようにサイトで開放されてる

これが羨ましくて仕方がない!!
オリックスは是非こういうの作って欲しい。

西武で面白いのは3、18

話を冒頭に戻す。

西武の18番は誰だったかと言うと…多和田真三郎だ。
去年までの多和田を知っていれば「16勝のピッチャーが18番をつけているなんて誇らしいことじゃないか」と思うかもしれない。
しかし、今年の多和田は8月13日時点で1勝6敗防御率5.83なのだ…。

これでは「松坂大輔がつけた18番を受け継いだ責任を果たせ!」と西武ファンが怒り狂ってるのも無理はない。

そもそも西武の18番がいつから神聖なものになったか?
それは1984年に江夏豊がつけた時に遡る。江夏豊といえば「20世紀最高の投手」「優勝請負人」といわれている名投手だが、西武時代は広岡監督とうまく行かず1年で辞めている。

しかし、江夏が1年つけたところから18番をつけた投手は軒並み大成している。
台湾にプロ野球がない時代に日本で大活躍し、台湾野球の重鎮になった郭泰源。
「平成の怪物」の名で知られ、西武でも国際大会でもメジャーでも大活躍した松坂大輔。
松坂二世と高校時代に呼ばれ、本当に背番号を受け継いでエースになった涌井秀章。

日本どころか世界に誇れる西武の18番…それをつけた投手が1勝6敗なんてことは…それはもう西武ファンには許せないことなんだ。
世界に羽ばたくか、FAでどこかにいってもエースとして歓迎されるそんな江夏豊みたいな投手がつける番号…それが18なんだ。

西武が持ついくつかの伝説の背番号の中でもとくにありがたい番号なのだ。

呪いと豪打の背番号3

江夏豊がつけてからエース番号になった背番号18と違って、西鉄時代から最近までずっと伝説を作り続けてきたのが西武の背番号3だ。

「西武・西鉄の背番号3と言えば?」
というと…世代の違いが出てくる。そのぐらい名選手ばかりがつけていて、70年以上の歴史で背番号をつけ続けた人はみんな本塁打20本以上打っている。

まず、3番に最初に定着したのは西鉄時代の大下弘だった。
2リーグ制になる前からの野球のヒーローで、首位打者・本塁打王を3回づつ取り、西鉄黄金期にも貢献した。
さらに西鉄で引退までプレイして、その後7年も欠番にするほど敬意を払った。

その後、広野功という人に渡るが、この人も3番の中では見劣りするが、シーズン最高本塁打20本とプロとしてはかなり活躍した。

問題は…この番号を榎本喜八がつけてしまったことだ。
榎本喜八という選手は、「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治が「本当にその名がふさわしいのは榎本喜八だ」というほどの好打者。
なにしろ、1000本安打まで史上最年少記録を持っていて、大毎(ロッテ)時代は首位打者や最多安打記録を何度も取った。
しかし、フロントの数々の不誠実な対応で心を病んで猟銃を持って立てこもるほど追い込まれたことがきっかけで、西鉄に来る。

大きな事件を引き起こしても、西鉄が稲尾さんの一声で引き取るほどの名選手だったが…西鉄時代はほぼ活躍しなかった。

榎本喜八がつけてから3番は豪打の番号であると同時に、呪いの番号にもなる。

その後につけた土井正博はいい。
だが、その後にこの3をつけた清原和博は…移籍したり金額以上の仕事ができないぐらいじゃすまなくて、その後大きな事件を起こした。

さらにその後は中島裕之。
これも豪打で活躍したけど、オリックス時代には法外な年俸を取りながらほとんど活躍しない置物状態に陥ってる。

さらに、2017年に背番号3をつけた浅村栄斗も…FA宣言して引く手あまたになるほどの選手になるが…オリックスに対して異例の交渉門前払いという無礼を働いている。
この事件は「オ断リックス」と呼ばれ、ネットでは今も語りぐさとなっている。

オリックスばかりが話題になっているが、大金を用意して環境もいいソフトバンクに対してもお断りをメールで済ませるという億単位の契約を結ぶ相手にはとても失礼なことをやってるので…3番の呪いを感じる次第だ。

他にも
「仰木監督と、辻監督という名監督を生み出す5番」
「中西太の背番号だったのに、ここ20年ぐらい源田に落ち着くまでろくな選手がつけてない背番号6」
という背番号事件簿が西武にはいくつかある。

この辺を西武のホームページで見つけながらニヤニヤするの、けっこう楽しいから是非やってみてください。

ちなみに、西武ファン的には
「背番号7は…7番はこれからも大事にしてください。最近雑な選手がつけてないがしろにされること多いけど、これも西鉄・西武黄金期・松井稼頭央とすごい人物がつけてきた番号だから大事にしてほしい!!」
というのが最近の心配だそうです。

「神様がくれた背番号」ってマンガがあるけど、調べてみると本当にスピリチュアルなものがあるんじゃないか?というものを感じる縁起物です。
名選手がつけるとその番号の人が本当に大成するし、誰かが事件を起こしたり不幸になるとチームに不吉な番号ができる。

かなり不思議なものです。

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