ここ2年負け越し続けてきた今井達也選手。
しかも、負け越してきただけでなく、先発投手としてイニングイーターとしての役目も果たせない日々が続き西武戦を解説する西武OBたちも
「今井は5回試合を崩さずに投げてくれたらいいんだ」
という空気になっている。
先発投手だけは12球団トップクラスのオリックスファンからすると
「5回でいいなら、1軍と2軍を行き来するような投手でもできる。そんな人を先発にしておくなんて…」
と、2021年シーズンスタートの西武戦の解説を聞きながら思ったものだ。
イニングを…食ってる。
しかし、蓋を開けてみると…今年の今井達也選手はちょっと違う。
「イニングを…食ってる??」
相変わらず与四球も多いし、球数も120球以上費やしてる。
しかし、選手層の薄い西武先発陣の中では「貴重なイニングイーター」として貢献している。
しかも、防御率も2.39とかなりいい!
規定投球回数に足りてないからランキング入りしてないものの、ランクインさえすればリーグ4位になれるほどの防御率になっている。
防御率だけではなく、内容自体が良く大崩れした試合がない。
山本由伸だって5失点した試合があるが、今井は4失点以上してないというから…すごい。
これには理由がある。
というのも、解説によると
「西口コーチから【勝負して出す与四球は構わない。だから積極的に行け】と言われて、与四球を気にしないで投げるようにしている」
とのことだった。
今井「俺は現代野球をやめるぞー!!」
現代野球での先発ピッチャーは
「完投しなくてもいいから100球程度で6回3失点(クオリティースタート)を1年続けられる投手が望ましい」
というふうに考えられている。
登板間隔の短いアメリカから入ってきた文化で、この風潮に賛成する日本人のプロ野球OBをぼくは見たことない。
しかし、
「投げ過ぎから投手の肩を守るのは大事なことだ」
という選手生命の話を持ち出されて渋々全チームが従ってるのが実情だ。
国籍が日本人のアレックス・ラミレスぐらいだろう。
「5回でいいから全力で投げて欲しい。完投して次の試合に疲れが残る方が良くない。」
と著書で明確に書いて、実際にその通りの運用でチームを躍進させた人物は。
まぁ、ラミレス時代の横浜DeNAは中継ぎ投手の酷使がひどかったんですが…それはまた別の話。
とにかく、国際試合への対応や投手の選手生命を守ることを理由に「100球の球数制限」は現代野球の暗黙のルールになっていた。
しかし、西武…というか、西口コーチと今井達也選手は、現代野球の暗黙のルールを破ることにした。
シュート回転するボールも多いが、今井投手のストレートは最速159キロ。
毎試合150キロは超えてくるスピードボーラーで、なおかつコントロールが悪くて回転も定まらないから的を絞れない。
そんな投手が球数制限無視で全力投球してきたら…プロでも打てないんですよ。
スプリットやフォークがないから奪三振数こそ多くないものの…ストレートが荒れ球すぎて打てないから、ストレートの被打率が.180という驚異的な数字なんです。
それも、カウント的に「置きに来た」であろうボールでしか今井のストレートは打たれないので…実質無敵です。
フォークを投げない野茂英雄といいますか、カーブとストレートしか投げなかった金田正一といいますか…完全に昭和の野球みたいなことをやってるピッチャーなんです。
昭和のピッチャーにコントロールとか言ってもしょうがないから「強いストレートを投げろ」「置きに行くな、しっかり勝負しろ」という方がパフォーマンスもあがるんですね…。
オリックスにもコントロールがダメダメだけど意外とヒットを打たれない「榊原翼」という投手がいるんですが…こういう投手がいたとして「現代野球をやめて思いっきり投げろ」という英断は中々できないです。
だから、「頭で薄々わかってたことでも、タブーを犯してまで実践する」道を選んだ西口コーチ・今井達也選手はすごいと思います。
実は「現代野球でも活躍できた」と断言できる名選手は少ない。
「先発投手の球数制限」という投手の保護。
「四球をヒットと同じ価値がある」というマネーボール理論。
「ホームランを打つために角度のあるフライを打つ」フライボール革命。
この3つは全く違う現象ではあるのですが…「野球の形を狭めた」という意味では同じなのかもしれません。
イチローは次のような言葉を述べています。
そりゃそうだ。
100球以内にできるだけ長いイニングを投げないといけないからストライク勝負を強要され、四死球は忌むべきモノとされる。
そして、バッターはホームラン狙いでストライクゾーンのボールと、ヒット扱いになる四死球を待つ。
そうすると…野球は大味になります。
バッターは守備位置を見て打ち分けることを止め、バッテリーとしか勝負しません。
ピッチャーは球数制限を意識するため、遊び球を使った駆け引きが難しく、力押しするしかなくなります。
メジャーでは野球がホームランを打つコンテストになり、日本では「球数制限を守れる整ったピッチャー」しか使わない形で、野球の持つ多様性が狭まっていくことになりました。
イチローのように、守備の間を縫ってヒットを打つ、盗塁でチャンスをこじ開ける…そんな選手からしてみたら野球の醍醐味を奪われて面白くないことでしょう…。
イチローほど走攻守全てが洗練された選手は後にも先にも存在しないからイチローが現代野球に向かないのは仕方がない。
しかし、
「100球勝負で、四死球を出さないようにやりくりする野球」
は…昔の多くの名選手達でも厳しい。
一番顕著なのは野茂英雄さんだろう。
日本時代の野茂は2回に一度は四死球を投げる投手でありながら、さらに1回に1つ以上は必ず三振をとった。
だから、「防御率は低いけど、球数はかさむ」という典型的な昭和のピッチャーなのだ。
だから、現代野球のように球数があったら…きっと活躍できてないだろう。
3年目までの松坂大輔さんと、日本時代の石井一久さんも似たようなもの。
メジャーリーグでも実績のある投手には【荒れ球で四死球と三振で球数を重ねながら、スタミナと球威をつけてアメリカに羽ばたいていった】という選手はちらほらいるが…そういう選手には現代野球は向いてない。
今だったら才能開花して世界に羽ばたく前に潰されてしまうかもしれない…。
逆に、現代野球が生まれる前から、「現代野球」みたいなスタイルで成功していた人物なんて上原浩治さんぐらいだろう。
彼のすごいところは…「7回投げてやっと、四死球1つ」というシーズンがあるところだ。
プロ野球の歴史を見ても、ここまでコントロールがいい投手はいなくて、球数をかけないで勝負できていた。
これは、よく「コントロールがいい」と評判になっている山本昌さんや、「精密機械」と呼ばれた北別府学さんでもこれほど四死球を出さないで抑えられない。(とはいえ、彼らも四死球は少ないから現代野球で十分活躍できるポテンシャルはあるんですけどね)
ピッチャーなんて才能の塊だからね。
野茂や松坂、石井一久みたいなタイプだっていつの時代もいる。
そして、そういう「バットに触れさせず力とバイタリティで抑える投手」はいつの時代も人気がある。
でも、現代野球が彼らのスタイルを否定する。
明文化されたルールではなく、「おせっかい」や「俗説」レベルの不文律に積み上げてきたスタイルを否定される。
もちろん、スポーツはメタゲームです。
だから、強い相手を対策するうちに、違うスタイルが流行るのはどのスポーツでもあること。
しかし、ルールそのものをいじってしまったせいで、かつて存在していた選手達が「今ではきっと活躍できない」「昔気質のスタイルなら活躍できるが、チームや社会の理解がないとスタイルを貫けない」となると…それは悲しいものがある。
他のスポーツの運営の中には「活躍の場を広げたい」ということで色んなことをやってるスポーツがある。
サッカーならフットサルや女子サッカーの存在、競馬ならダートや短距離といった様々な適正を持った馬が活躍できるレース…色んな事例がある。
でも、野球は「MLBが野球で活躍できる選手像」を制約し、日本はそれに習ってる。
ルールでさえないものまで「頭の固い大人の固定観念」として浸透してしまうことがある。
大谷翔平選手の二刀流だって、プロ野球黎明期やアマチュア野球では「エースで4番」「野手兼任の投手」はいて特別新しいもんじゃない。
今井達也選手の「球数無視の力投」だって、昔の野球では当たり前だったし、80年代〜00年代はそれでも選手寿命が長い選手はいっぱいいた。
大谷選手はともかく、今井選手が「球数無視」のスタイルを取ったのは現代野球ができなかったからかもしれない。
でも、今井選手の活躍をきっかけに凝り固まった大人達の頭が変わって、色んなスタイルで活躍する選手が増えていって欲しいです。
今投手コーチとして、行き過ぎた現代野球を作り変えようとしている桑田真澄さん。
「メジャーリーグよりもローテーションに余裕があるから135球投げて完投することを目指そう」
という育成方針で頑張ってます。
巨人ばかり勝っても面白くないのがプロ野球ですが…桑田真澄さんの改革はうまく行って欲しい。だから今年のプロ野球は巨人を応援していいやら、阪神を応援していいやら…。