夢想百景第一集 蟹丹

3ヶ月ぶりにコミティアで好きな絵師とご対面してきました。変わった売り方をしているから…とか、人気のジャンルをばかり手がけないから…とか、完成度が高いけどそれほど量を投稿しないから…って事があり、あんまり知られてない絵師さんゆえ、長く色々と聞けたり、「やった。俺しか取り上げない!」という変な自信に満ち満ちた上でこの記事を書いていきたいと思う。

ちなみにこれは「箱」です。イラスト入りの箱。それがこの値段なんです。

お品書き

  1. やっぱり、売り方からして面白い
  2. イラスト集に込められた2つのベクトル

  • 蟹さん「このイラスト集がワイの答えや!」

(※誤解の無いように補足しますが、蟹丹さんは関西人ではありません。)

ちょっと硬めな経済の話からやるけど「同人誌を売る・評価されるクリエイターになる」事はマネジメント的な側面、マーケティング的な戦略がモノをいう部分もあるので、参考にしていただけたらとお思います。

その昔このサークルを訪れた際、100円のイラスト売りというやり方にスタイリッシュだという感動を覚えた反面「それじゃ儲からんよ。単価も良くないし、イラストを同人誌がたくさん入ったバックに入れて帰ったら捻じ曲がっているのも買い手にとっては嫌だ。売り方を考え直したほうがいい。」という指摘をした。

その時の話は当ブログにあるので後々その記事は貼る。

その時に、東方の音楽系有名サークル「君の美術館」で見た「2000円だけども、CD2枚組+イラスト集が入った宝物のような立派なセット」を思い出して、「2000円取れるようなちゃんとした画集・分厚い表紙を作ってみなよ。絵の技術的には決してできんことじゃないし、それは客寄せで置くだけだから売れる必要もない。イラスト1枚を買うという心理的抵抗感を買い手から取り除かないと」と提案した。

そして3か月後、彼は僕の思っていたよりも現実的でスマートな返事をこの箱で示してくれた。


…通常の同人誌よりも一回り大きいサイズのイラストを10枚箱付きで1000円。1000円ってのが鼻につく値段ではあるんだけど、イラストの1枚売り自体がけっこう贅沢な売り方だからね…。このサークルの「らしさ」があって、面白いんですよ。

世の中ね、高品質高価格のものどう売るか…と言うと僕は「ユーザー体験」をさせるのが一番早いと思ってる。(スティーブ・ジョブズがマーケティングの無力さを説いてましたが、それは「低品質」の場合。高品質高価格同士がぶつかったときは、如何に良さを伝えるか…これだけが勝負を付ける。)

例?ヨドバシカメラ行ってみ?自分の家にないような贅沢なユーザー体験ができるから。(ただ、日本のメーカーがアホだと思うのはマッサージチェアがいかに気持ちよかろうが、大型液晶テレビがいかに綺麗だろうが、それをうちに置けないこと。ユーザー体験と欲しい家電の差が常にあるため、むしろ大型のテレビなんか真正面に置かないほうがいいのかもしれない。それは出てすぐならいいけど、金持ちがみんな買い終えて、一般家庭に液晶テレビが行こうか…というときには普通のサイズのテレビへのネガティブキャンペーンにしかならない。良いものを買ってるはずなのに、量販店で見たほどの感動がなく、かえって物足りなく感じる。)

…話戻すよ。

イラストの箱売りという今回のケースを僕が評価する理由は3つ。
1、元々このサークルの強みである「大きなイラストを1枚から売る」というスタイルを残しながらも、イラストを最高の状態でもって帰れないという不便さを解決してること。(ユーザー体験をちゃんと持ち帰れる)
2、冊子という選択をしなかったことで、「一回り大きいイラストの魅力」を残しながら売れていること。また、売り場を見た時点で「何か違うぞ」という印象を残しつつも単価を上げる方法を考えたこと。(強みを残しながらのイノベーション。改良)
3、「今回の新作は箱です」という面白い営業トークが本人の口から出たこと。(また、バラ売りではセットの7枚500円が限界だったのを、1000円の所に誘導するようなトークに結び付けられるようになったこと。)

手間を少しかけていいなら4で「このやり方をしてる奴はまだ他に少ない(場合によってはいない)から東方などの人気ジャンルの即売会でもやってみたら良い」という話もあるけど…みんなできるよね?これは蟹丹さんでなくとも。(※僕が言うのも変だが、この売り方はもっと真似されたほうが良いと思う。ロボットとかファンタジーとか風景など質感や空間の広がりを大事にするような絵を作る人には、このやり方の方が冊子よりも自分のやったことの良さが伝わるんじゃないかな?まして、イラストをバラで売れることは相手の好みを正確に読み取るマーケティング的な事…つまり、後学で自分が何を書いたらいいか迷ったとき、何が評価されてるかわからないときに「この絵が売れた・気に入られた」という1枚がはっきりしてることは強い。箱売りとイラストのバラ売りの両面のメリットをうまく使いこなすことは自分の絵を良くするのに、必ずつながってくる。)

昨今、電通・博報堂・リクルートなど広告業界の暴走のせいでマーケティングや広告に卑しいイメージがありますが、僕はちょっと違うんだわな。(このブログだって、色んな作品を紹介してる時点で広告と言えば広告だし、ニュースを語る時点でメディアと言えばメディアですよ。)

「伝え方」だから、それは。イラストにテーマ性・メッセージを込めるのと一緒で、どんな人に自分のイラストを手にとって欲しいか、どんなことが伝えたくてそういう形で売ることにしたのか?そこを考えるのは金儲けでもなんでもない。創作の延長だよ。

必要なコスト・頑張りを卑下して他人に対して謙虚になれ・買い手の立場になれと世間では言うけど、それだけじゃダメだよ。価値があるものをつくってるなら最後まで「価値があるんです。どうか見てください」と言わなくちゃ!ファンがいればまだしも、自分で作ったものをよいしょしてくれる人がいない若手・新人・新参者はそれを自分で説明できないと自分に対して謙虚じゃないよ。

儲けろと言ってるんじゃない。「経費が回収できる体系にしたり、創作を続けていくためにお金をいただくのは悪いことじゃないから、どんどんいいと思ってくれた読み手に援助をお願いしなさい」と言ってるのですよ。それは権利だし、自分がさらにいいものを作るために必要なことだし、相手からの期待に応えることなんだ。

…と、ここまでが経済の話。ここからはイラストの話。

  • 文章とイラストの共通点

多分、創作における一番大事なことを言うと思う。というよりも、僕が蟹丹さんに才能を見出した理由であり、蟹丹を見出す前からブログで常に気を付けてきたことなんです。

が、その話の前にイラストを2枚貼るので、この記事を読み進める前に眺めてください。

前が筆者がターニングポイントを超える前(7枚目のイラスト「寄生樹の根本」)で、後ろが僕が絶賛した9枚目のイラスト「千年興亡史」。

この作品にはイラストの中にストーリーが出てくるモノと、イラストが1枚で完結してるものがある。はっきり言って、飛び抜けて好きな絵があるんだけども…逆がない。もうちょっとはっきり言えば、作者自身が「8枚目のイラストで彼女の旅が始まる」と述べているそれ以前の7枚からは嫌悪するというほどのはっきりした議題が挙がらない。

嫌な言い方をすれば、「ちょっとうまいだけ」で完結しちゃうイラスト。

趣味が合うから素通りはできないんです。東方が好きな人特有のくどいけど趣味のいいロリ趣味・中二病に加えて、空間創造や光の使い方で見る人の視点を操る技術、さらには萌えやエロを鼻につく書き方ではなく「自然に」表現できる冷静さ。

それだけ揃っても「ちょっと上手いだけ」にしか何枚かのイラストは思えなかった。

なぜ?絵の中側にコンセプト(世界観)があるんだけど、そこから読者に何を伝えたいか…あるいは何をしたいという事を主張するかという「外側に発するコンセプト」が不在だった。
1〜7枚目全てにない…というよりは浮かんでは消えていく感じ。筆者自身が雲をつかむようにこれだと思ったモノを書き散らした中に光るものを見出すのだが…それがつながっていかない。

技術論的なこと?違う違う。自分の殻…知っているところにあるモノを使うことを優先させてて、外に出てこれを「取り・奪いに・つかみに行こう」という事が決まってないから。

作者自身はターニングポイントは8枚目だ…と言っていたが、それはpixivに上がってないので、割愛。それまでのイラストとの違いは3つ。イラストの焦点がはっきりしたことと、人物以外での動きの表現。そして、イラストの裏の文章が明確に時間や空間…特に「自分の立ち位置」を意識し始めているところ。

イラストって光と影で見せたい方へ視点を誘導することができるんだわ。ここに絵がないから、30分あればできる日常の体験の話をします。
スーパーのレイアウトで、入口正面に来ているものが青果またはお惣菜である事が多いと思う。(入口が2つあるある場合はその2つが入口。)これってちゃんと意味がありましてな…共通するのは「匂い」ですわな。ついで、衝動買いしやすいから果物をなるべく目に付きやすいところに置く。

コンビニと毎日くるような中小サイズのスーパー…またはバカデカいなんでも屋さんとの明確に差を付けたい所は野菜を正面に置くんです。スーパーに来るから味わえる生活感はインスタント食品ではなく、新鮮で衛生的なモノが1箇所で買える事。(考えてみてください。食品の棚、お酒の棚、切り身だらけの肉・魚のどれかがお店の頭に並んでるスーパーってちょっと殺風景じゃありませんか?あるいはそこに色彩的なインパクトや匂いってないじゃないですか?)

逆にコンビニの入口を見てみると、いろんなレイアウトがあってもだいたい動かないのが傘・新聞・雑誌。これはちょっと店員やった人ならわかるはずだが、前の2つは単品でそれだけのために買い物による人が多い。傘はその場で使うし、スポーツ紙はそれなしで朝が始まらない人が居る。雑誌は…お店の中に人が入ってるのが最も明確に分かりますよね。立ち読みしてる列もそうだし、経済誌・女性誌などを買おうとにらめっこしてる人何か見てもそう。ほかの棚に比べて人がいる時間が長い。

…何が言いたいの?「配置には意味があり、伝えたいことがある」って事。

イラストも光と影・キャラの目線・距離感などで視点を誘導できるんだけど…これってちゃんと見せたいものが説明できないと、見た上でそこに何があるか、あるいはどういう順序で見ると絵がわかるのかを説明できないと小手先論で終わる。この画集の8・9枚目はその点で明暗の付け方そのものが演出・テーマ性と直結してて、面白かった。ただ綺麗なだけで終わらない接続を見出すために色々書き散らかしたあとがほかのイラストに溢れてるあたりも箱買いの楽しさですね。

2つ目。人物以外の動き表現なんだけど…これはイラスト書いてる人みてても案外やってないんだな!雨・風・重さ・動物(あるいは形にならない雑踏の動き)・川・重力・熱・太陽・影…人間以外で動く方向を表現するツールって僕みたいな素人でもこんだけ思いつくし、覚えがあるんだけども、これを使いこなせる人が居ない。
いや、10枚のイラスト集見ながら「これはこうやって動かしてる・イメージを膨らませてるのか」をつかんでの事だが…この書き方が露骨になった。

自分一人で前に進んでるのではなく、風の煽りだったり、周囲の足音だったり…この試みが僕の中ではドストライク!「イラストってこういう風に作ってたのか!!」みたいな楽しさを見出したので、じっくり眺めてよかった。本人にも「そもそもこれは買うつもりで来た」と言った甲斐があった。

最後が文章にもイラストにも出てるテーマ性について。
ちょいと有名になったブロガーとして言わせてもらえば、ここが固まってる人は強いですな。何を書いても、ソーシャルブックマークに載らなくても、芯の強い記事は読んで欲しいタイプの人間が読めば確実にわかってもらえる。

その「芯」を見出したのがよくわかる。3・4枚目に一度のちのちのコンセプトになる絵を書いていたのですよ。(この章のはじめに見せた画像のうち、お団子頭の女の子が出てくる画像)ただ、気恥しさか、遊び心かそのイラストのコンセプトでかっちりと固めることをせず5・6・7枚目では別の路線のイラストがある。
技術的・イラスト的に面白い事はしてるけども、テーマ性が定まってない事もあってその絵には目線の配り方も、人物以外の「動き」も、何より作者が見出した「芯」がでないもので作られてる。

この作者の言葉を借りれば「自分が持っている(かもしれない)たまごを孵化させる。たまごとは形を変化させうるだけのエネルギーを内包したモノ。」へとイラストの少女の旅に重ねてそれをやっていこう。そういう決心というのか、覚悟といいますか、衝動というのか…要するにやりたいと思う「芯」が決まって、そこに常に進んでいく様子。

それが描かれているのが、素晴らしいと私は言いたいんです。また、それに向かっている絵師・物書きというのは作り方に剛柔問わず「筋」が通っているように感じるのです。

僕はそういう人で有りたいと同時に、そういう人にこそたまごを孵化させて自分の周りを変えて欲しいなぁ…と思うんです。そのために卵を生む側にも温める側にも回ってみたいのですよ(笑)

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千年興亡史
https://d.hatena.ne.jp/TM2501/20120210/1328872193
一枚のイラストだけで話をここまで語ってみました。

・作者紹介
・イラストはpixivから拝借しました。
https://www.pixiv.net/member.php?id=201008

・ホームページもあるそうです。
https://b-create.asablo.jp/blog/

委託販売始めたそうです。

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これが「目」で語る戦いだ
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