通勤通学は同調させるためであり、効率の問題じゃない

スポンサーリンク

 

きっかけはこの記事を見たこと。

職場よりも自宅の方が仕事の生産性と満足度が向上することが判明 

これ、外国の会社の話だが、筋違いな記事で「わかってない」と思う。

在宅勤務と会社勤務の対比は個人の効率ではない。個人の効率がいい・悪いの議論ではない。

特に日本では「在宅と職場のどちらが効率がいい?」という議論も起こらず、半ば思考停止気味に「通勤」は当たり前だ。

躁うつ病患者やパニック障害などで人混みが苦手になった人・街に出るだけでしんどい人間にとっては大変しんどい話だが、通勤すること・オフィスの中で人付き合いができることがないといくら仕事上のスペックが戻っても、仕事にならないのがこの国の掟。

…躁うつ病を患う僕には在宅勤務の仕事や働き方がもっと市民権を得て欲しいが、日本ではそんな時代は来なそうなのよね。

 「上司がオフィスで期待する3つのこと」は悪用されます!

まずは、会社で仕事をしてもらう理由について述べた記事としてLIGから出ているなぜ仕事中はオフィスにいなきゃいけないの?途中で家に帰ってみた から3つの理由を抜粋しておきたい。

「理由は3つあるね。1つ目は実際に働いている姿を見たいから。オフィスにいて行き詰まっている姿が見えたら、周りもすぐフォローできるからね。」

…良くも悪くも見ていないとフォロー(と言う名の叱咤激励)ができないし、進捗確認(と言う名の催促)もできない。

だから、うちでできる仕事場であっても「来ないと君の仕事を助けられない」ということになる。でも、この論法だと「仕事できるやつなら会社来なくて良くね?」と言える。

通勤よりも顕著なのは通学である。勉強云々という言い分を聞けば、「勉強できない奴だけ学校に行けばいい。学校も勉強できないだらけ!」「教師より塾講師や赤ペン先生のほうが頼りになる」と思う学生は多いのでは?

そんなモヤモヤは2つ目の言い分で解決される。

「2つ目はコミュニケーションコストの問題。会議や打ち合わせを迅速に行うために、オフィスにいてほしい。まだまだフェイス・トゥ・フェイスが一番効率良いからさ。」

複数の人間が絡まっている仕事ならたしかにこれは言える!

1対1なら「スカイプやラインがタダでつなぎ放題だから、ずっとつないだままお互い好きなことをして仕事をすればいい。もっと些細な事・残したいことならメールにすればいい」と思うけど、その場にいて、多くの人とやりとりした方がいい場合はオフィスや顔合わせが大事になる。

でも、コミュニケーション、コミュニケーションとうるさいご時世だからキッチリさせておきたい。

良く言えば「素早いコンセンサス(合意・根回し)」「密な意思疎通」だが、それが行き過ぎたダメな組織が多いから

「時間外の飲み会やパブでの付き合いを終電までこなさないといけない職場(実体験)」

「責任の所在が曖昧で色んな人に根回しをせざるを得ず、不効率でダメだと思ってる仕事が山のように散らばってる職場(実体験・人の話など)」

「居酒屋で反省会がスタートして終いには灰皿で殴られるブラック企業(反省会までは経験あり。灰皿はさる有名ブロガーの話から)」

などもあることも知ってほしい。

LIGは違うと思うが、世の中にはコミュニケーションが行き過ぎた結果、コミュニケーションが複雑すぎて会社の回転が悪くなる会社もある。それが「在宅は無理」な体質を作ることもしばしば。

「チームプレーが必要だから会社に来い」と「チームプレーをしないと何も回らない会社だから、会社に来ないと君は何もできないよ」は違うよ。

コミュニケーションと馴れ合い・ご機嫌取り・おうかがいの区別がはっきりしない職場にとってはチームプレーを減らす事こそ改革ではないか?

そして、最後はこれ。

「最後はケミストリー。肩書きや部署が違っても、同じオフィスに来ることで交流が起こる。多種多様な人間が集まることでの化学反応を信じてるから。」

日本的だなぁ…。日本企業は「仕事単位」ではなく「組織単位」だから仕事が違う人との交流・違う仕事をその人がやることで生じる成長に期待してる人が多い。

実際、仕事を円滑にしたり、偉くなった時に色んな人の事情を汲み取った動き方ができるようになる効果はある。

実際、スポーツ…特に野球で考えてみても理にかなっていて「セカンドの人がショートや投手も経験すれば、もっとチーム全体のことを考えた守備ができるようになる」「4番でもただ飛ばすだけじゃなく、バントや流し打ちを練習したほうが確実に試合で進塁打、状況変化に応じた野球を覚えられる」と考えれば、かなり正しい

野球選手同士でポジションを変える程度の話ならね。

でも、営業マンとエンジニアと経理と…が野球選手ぐらいのポジションの差と言えるのか?

ケミストリーとか言うが、それがバスケとテニスぐらいの差だったり、柔道と卓球ぐらいの差だったらどうさ?そして、そもそも毎日来ないと受けられない影響か?

実際、そのぐらい違う仕事をぐるぐる回ったり、出向したりする企業があること、異業種の人間と交流すべきだという論調もあるから釘を差しておきたい。

「野球選手がサッカー選手と交流しても、それは人格やメンタルにケミストリーを起こす事はあっても、プレイや動きが変わるわけじゃない!」

そもそも、人格的な影響を受けるのがいい影響ばかりとも限らないしね。他の人の意見に納得しても自分に説明力が無かったり、感化されてない人に押し付けるだけになってはケミストリー全体を見るとただ歪になるだけ…という危険も否めない。

この手の風潮を「日本的」と言ったが、転職の多い国では「社内のケミストリー」よりも、「職種ごとのスキル」が重視されるため、そもそも、ケミストリー・ケミストリーと言わない。よしんば、社内の意思疎通ノウハウに価値があったとしても自社で独自に育てた方がいい。転職者という仕事経験があって即戦力が期待される人にそれを求めるのは不効率なわけで…。

ケミストリーは日本でしか人気がないのだw

敢えて変わらないの?変われないの?

ムダとは言わないが、「仕事場に来るのが当たり前だ!」という制度がコミュニケーションを増やし、意思疎通を複雑にし、専門性だけを高い人材をそもそも排除してしまう。

仕事だけはきっちりできたり、頭が良くて将来性があっても、それは「空気がよめない奴=悪」という集団心理・同調圧力で排除されてしまう。

f:id:TM2501:20150221170740j:plain

もちろん、排除の理論はメール中心のやりとりでも働くから「コミュ力がいらなくなる」とは思わない。

しかし、働き方の選択肢を増やすことで「相手の目を見なくていいテキストならコミュ力はある方だ」という前向きな意見「対面のいじめには耐えられない」「ログが残っていれば嫌がらせされても訴えられる」「ちゃんと書類を作ってくれる会社と仕事ができる」などブラック企業対策なる側面はある。

特に「相手がひどかった場合晒しあげることができる」のは強みで、かの有名な「参謀本部訴訟」において、原告のコウモリ氏は60ページのログの束を証拠として提出し、その大半はネット経由のデータが中心となっている。

もっと有名な事例では、コロコロコミックの人気作家が東京ウォーカーに赤面で証拠を突きつけながらぶちきれるという事件もあり、これもまた「メールでのやりとり、仕事を監視されない立場だからできた話」である。

ブラック企業的なワンマンにして閉鎖的。業績は人材ではなくマンパワーで押しこむような企業はそもそも在宅勤務自体に何のメリットがないよ。でも、それはブラック企業の話。

まともな企業を目指してるなら体質改善…社内の人が長ける選択肢を作るため、色んな人材を働けるようにするため、自発的に権利や段取りを明らかにしていく意志のある会社には在宅勤務という選択肢を考えることは価値があるわけで…。

僕自身が躁うつ病で、人混みもダメだからなおさら「選択肢として増えてくれないかな」とは感じてる。多くの精神疾患に再発リスクがあることや季節性で体調をくずすこと、ひどいと交通機関に揺られるだけでふらつく人間だとなおさらそう思う。

確かにLIGの記事では「オフィスで働くことの意味」を説明していた。

しかし、これらの意味を悪用するか、思考停止気味に信仰しているか、他に選択肢がないから無理やり振りかざしてる企業も多く存在する。

いかに素晴らしいシステムとて対案を選択・議論をする環境がない無謬性の中で生きねばならないのはおかしなことだ。

どちらかに善悪があるとは思わない。ただ、選択肢や批判がほとんどない日本から在宅やオフィス勤務の不健全さを物申する人がもっと登場することを祈るばかりよ。

 強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」

 ・関連記事

僕が飲み会が嫌いな理由と嫌いでも参加してた理由 

文中に書いたぼくの辛い時の実体験。これがあるから会社組織が信用できない。

おくすりいっぱい飲みたいな*人生まるごとエスケープしたいの☆ 

ダメな職場で精神が病んでしまった人はこんなふうになります。

 

スポンサーリンク

関連記事

コメント

  1. h より:

    米系の外資に勤めてるけど、ビューロクラシー打破とかケミストリーとか耳にタコができるぐらい聞くけどな。全然違う部署を経験させることもよくある。むしろその方が幹部登用ルートだったりする。
    外国なら、という憧れが強すぎるのではないか。

  2. 我無回 より:

    今回の「同調」は例えば、精神科医の和田秀樹さんの「シゾフレ人間論」や10年くらい前の小泉フィーバー時における世論調査時の「B層」という考え方が、はまってくるでしょう。
    詳細は、検索してください。
    簡単に言うと、「カリスマを求め魔術的救済願望があり、ブームや流行を求め横並びでみんなと同じ行動をとる」という傾向が「シゾフレ人間」や「B層」にはあるわけですが。
    そこから、「同調」と「異者に対する排除」が生まれるわけです。
    ここ10年くらいの傾向を見ると、「ビクトリー」が流行ったり、トマトやバナナ、納豆やサバ缶が「テレビで痩せると言ったから」とか言う理由で、スーパーマーケットから消滅したりしました。
    昨年は「妖怪ウォッチ」が流行り今書店に行くと「ピケティ」がブームのようです。
    まあ、自分にとってはそういう「ブーム」なんぞどうでもいいことですが。
    あと、この「同調」とセットで考えるべきなのが、ここで書かれている
    http://togetter.com/li/811318
    「どちらが悪かったのか」がはっきりしたところで~」という話題でしょう。
    本文中でも「空気がよめない奴=悪」ということが書かれていますが、ここを読むと
    「何かあったときに、ことの良し悪しを一方的に決めつけて、「犯人探し(悪者探し)」を行う傾向が、小学生くらいから始まっている」こういう趣旨のことが書かれています。
    しかも「むしろ善悪を決めるよりも先に、状況の改善策を打つことや、再発を防止することが大事だと思うんだ」ということが、どこかに行ったその上で。
    で、この「犯人探し」と「同調圧力」が結びつくと「魔女狩り」や「異端審問」に類似したことが起こるわけです。
    しかも、笑えることに「ありもしない事件の居もしない犯人」を「探せ探せ」と集団で喚き立てる異常なことも起こります。
    その典型例が、昨年の「盲導犬事件」なわけで。
    この事件は、昨年の夏にある盲人の盲導犬が出血して、それが「誰かが無抵抗な盲導犬に傷を負わせた」とワイドショーなどで報道されて「犯人探し」が行われたりしました。
    で、ことの顛末はというと、その盲導犬がただ単に「皮膚病」にかかっていて、膿がつぶれて出血しただけだったわけですが。
    仕事やうつ病などとは関係のない話になりましたが、今の日本の社会には「同調」の波に乗れない人物はそれだけで、何かあったときに「魔女」や「犯人」にされるリスクを負っていると思います。

  3. Dylankun より:

    はじめまして、こんにちは。
    今日、はてな内サーフィンをしておりましたら、偶然主さまのブログに出会い、いくつかの記事を拝読させていただきました。ありがとうございます。
    詳しくは申しませんが、私も当時者でございます故、生意気ではありますが、主さまの今までのご苦労と現在の辛いお立場、ご心境、拝察致します。
    現在、私達のような存在は、大変厳しい状況下に置かれているように感じておりますが、主さまのように勇気を持って事実を発信しておられる方に接する機会を与えて頂けると、まさに百万の味方を得たかのような思いです。本当にありがとうございます。
    ですけれども、決してご無理をなさらないでください。主さまのご健康が全てに優先するのですから。
    また、主さまのブログを拝読させていただきに参上致します。何卒ご自愛くださいませ。
    失礼致します。

タイトルとURLをコピーしました