ビリギャルという映画を見に行ってきたから感想書くよ。
予告映像もあるので、よかったらどうぞ。
きっかけは海燕さんがの言及を見たことだ。
有村架純主演の映画『ビリギャル』を見て来た。結論から書くと、実に素晴らしかった。今年のベストを争う出来。まあ、そもそも今年はあまり映画を見ていないから偉そうなことはいえないのだけれど、それにしても実に爽快な映画体験だった。花丸をつけてあげよう。うりうり。
かつて…はてなでブイブイいわせた人が絶賛するぐらいだからもっとエッジが効いてるかと思ったら…全然だった。
いや、映画のメッセージ性は良い。「人は(意志の力で)変われる」「自分の可能性を自分で狭めるようなことはやめておいた方がいい」「ダメな指導者はいても、ダメな生徒はいない」のはとても同意できる。
でも、せっかく映画化するのに安っぽいヒューマンドラマに仕立てたのはとても残念だった。
ビリギャルの合格はもっとずる賢さの上にある!
ビリギャルはどちらかと言うと巨人の星やダイヤのAみたいな「努力で勝利を勝ち取った作品」と言うよりは、グラゼニとかマネー・ボールみたいな「努力もしてるけど、周りの人がずるいというぐらいのクレバーさが勝利・いい意味での偶然をつかみとった」と言う話である。
実際、マネー・ボールを映画化した際にはマネー・ボールとはなにかを徹底的に説明してる。
年俸が低い評価されてない選手の中でもファーボールを選べる選球眼・カウントを待てるバッターを雇う、三振よりも打ち取れる投手を雇うことで省エネルギーにチームを運用して優秀な成績を収められる…というマネー・ボール理論を映像付きでガッツリ紹介しながら映画が進む。
ビリギャルはその辺がサラッと飛ばされてる。見に来ていたのは子連れの親であったり、高校生であったり、ビリギャルのテクニックをもっと知りたくて見に来ている人なのに、そこら辺の技術論がすっ飛ばされてた。
私大入試…とりわけ「慶応」というところがミソなのにそれを説明してない。
映画の中で出てきた科目は小論文・日本史 ・英語であり、実はここの科目選びが大きなポイントになってる。
国語(現文古文)・数学に時間をかけない時点で他の大学の受験をごっそり捨てた対策であり、本来メインではない受験科目を選ぶことで慶応に入れる順位まで押し上げやすい科目を選んで受験してる。
卑怯でも何でもない。戦術なんだから。
でも、戦術には触れてない。そして、講師が考えたもう一つの「戦略」にも触れてない。
そもそもビリギャルことさやかは、中高大がエスカレーターになってる学校に中学受験で入学してるのでポテンシャルはかなり高い。サラリと入学したように描いているが、進学した学校は愛知県では有数の学校だ。*1
勉強してないせいで小学校4年レベルの学力まで低下していたが、元から発達が早くて頭の回転が速い子どもだったことは経歴を聞いたり、出身校を聞けば分かること。
受験テクニックに関することでも、塾講師がポテンシャルを見出してるところでももっと描くことがあるのに、あろうことかなぜか人間ドラマを書こうと余計なものを付け加えまくった。
生徒をクズクズ呼んで、パワハラしてくる担任の先生。
野球バカで父親に手塩にかけて育てられている弟。
弟のことには金をかけるが、娘には無関心な父親。
特になにもしないけど、何かありそうな感じだけは出してる塾長。
感情芝居をいちいち言葉で口伝。セリフ回しが間延びしてテンポが悪い。
…とここまででもキレそうだが、明らかに脚色が入っているのは家族の経済事情だ。
中学から優秀な私学に入れてる時点で、娘がギャルとして遊び呆けられる時点で、父が娘に無関心で母が昼夜問わず働かないといけないというほどなわけがない。
個人塾にお金がかかってる話やそのお金を渡しにきた話を押し付けがましく流して「このお金の重み、わかるよね?」と塾講師が言うシーンは明らかにいらない。
お嬢様校かどうかはともかく、中高大全てを私学通いすることを約束されるような進路を歩ませてる時点でそれなりに裕福な家庭だから!
事実としてその話があったとしても、それは映画にする過程で少し削ぎ落としてもいい話じゃないか?触れてもいいが、頭のいい視聴者なら大なり小なり家族のお金の使い方に疑問を感じてもやもやする。ましてや、それをダシにお涙頂戴の演出として描くことに特化した映画はおおよそ本質から離れているのでは?
海燕さんは「ほんとうに素晴らしかった」と言ってるが、僕は映画の中で情報の取捨選択を間違えている監督・脚本に対してすごくモヤモヤしてる。
何度も言うが、テーマ性はいいよ。受験テクニックや教え方次第では「勉強に遅れた子も戻れるよ」と書いてることはあってるし、素晴らしい。
でも、それをあますところなく描いてない時点で、この映画は原作付きの映画として100点をあげられない。
いや、100点だ90点だという繊細な議論ではなく、そもそも必要かどうかよくわからないヒューマンドラマをゴリ押ししちゃった所が
「あー偏差値45以下で(川崎のTOHOシネマズで見てたからそこから近い)神奈川大やら東京工科大学ぐらいに行ければ御の字程度の連中に『いい話だったね』と言わせるバカをバカがだます『知恵の貧困ビジネス』のようだ…」
という気持ちだよ。実際バカそうなギャルが等身大ですらない自分と照らしあわせて「泣いた」とツイッターで感想を書き込んでるのを見ると、虫酸が走る。
ネットでFランと呼ばれる日東駒専以下の大学(生)がダメとは言わない。でも、受験に対して誤解してたり、興味がなかったり、諦めちゃったことで就活やネット議論で「Fラン」の扱いを受ける連中を勇気づけるなり、なくす必要のないことで喪失した自信を取り戻すチャンスがあった映画なだけにそこがないのはとても残念だ。
でも、有村架純とヤスケンを楽しむ映画としては優秀
「映画としての評価」 で言うと「大筋のメッセージや描きたいことには同意できるけど、間延びして退屈だった(点数にしたら57点ぐらい)」だよ。
でも、 有村架純がかわいかったのが個人的に評価が高い。
いや、「有村架純のビジュアルが好きになれるような映画作りをしてたことが評価が高い」というべきか。
ビリギャルの映画として、画作りとしてのいいところは髪型をギャルから変えたり、服装もジャージから私服・制服まで色々着るから「女の子の魅力を引き立てやすい作品」ではある。
だから、へそ出しのパツキンから、ダサジャージのぱっつん、若干の入浴シーンまできっちり描かれていて、それも「目標に向かってがんばってるひたむきな女の子が笑ったり泣いたりする」ので…そそるよ。予告だけでも見てみ?有村架純7変化だから!
そんで、トドメはエンディングで歌をカメラ目線に口パクするシーンがあって、これがいいの!髪染めて垢抜けてる女の子が上機嫌に僕に話しかけてきてるみたいでキュンとくるの!
…同時に、この映画はヤスケンが出てる。
ヤスケンには2つの顔がある。それは「役者とタレント」という意味では包括できない。違いすぎるのだ!「バラエティのヤスケンの芸風」と「俳優の集中した時の顔つき」はまるっきり違いすぎてヤスケンだと思えないのだ。
この映画のにくいところはどうでしょうファンの僕がヤスケンが出てたことに気づかないぐらいヤスケンっぽくない役を演じきってる。
だが、スタッフロールでヤスケンだと気づいた時にはバラエティのヤスケンの姿があるからこそできる体を張った演技に「あーヤスケンかナックスメンバーしかこの役はできない」と納得してしまう。この時間差に感動した。
映画監督/制作チームが、「ディープまたは実用的な濃ゆい作品」を作るのは苦手だが「キャストの魅力が活きるサイドストーリーや演出」はとてもうまかった!
タレントやテレビに出てる女の子の名前を覚えられない僕に「有村架純がかわいい」と言わせたのは、けっこうすごいことだと思う。
前半はボロクソ言ったが、この映画に期待するものが癒やしとかいい話である人は楽しめるよ。もっと腹黒い内容でもいい気はするけどね。
画作りは本当に良かった!エンディングだけならあらゆる映画の中でもトップクラスに好き!歌もいいし、映像に合わせた演出もいいし、ここでヤスケンも有村架純もキャストの魅力がガッツリ活きてくるのがよかった!
そもそもさ、ビリギャルの話で本を出した時点でこの塾講師はけっこう計算高い人であることを描かないとなんかリアリティ感じないんだよなぁ…。そこが省かれてた時点で僕が思ってるビリギャルとちょっと違うんだろうなぁ…。
・関連記事
いい映画です!山崎努さんが出てる映画は僕の中で当たり率高い!
これは役者が良かった!体当たりでジーンとくるような演技が何度も見られた。
真面目系クズでしたけど、何か?〜「桐島、部活辞めるってよ」を観て〜
かなり昔に書いた桐島評。昔過ぎて何書いたかよく覚えてないけど、高評価だった
*1:諸説あるため、特定はできないが偏差値が中学受験で55以上、ヘタすれば70とさえいわれるところだそうだ。
参照ビリギャルに実は“ビリ”じゃなかった疑惑が…正体は名門私立中高一貫校のお嬢様!?
参照 愛知県 中学偏差値ランキング 2015