最終回については、解説や考察は一切しないで、「どこが良かったか」という話だけをできるだけネタバレしないで、する。
正直告白するが、僕は最初バチェラーが嫌いだった。
まず、はじめに。
僕は1~4話を見た時にバチェラーが嫌いでした。
ぬるい大奥、下品なあいのり、女々しいサバイバー、絵面だけなら番組というよりもむしろ、成人向けの男女20人でキャンプ場かなんかをこしらえて行われる何かに近いところ…日本で見られる類似しているコンテンツと比較しては、フラッシュバックしてくる「気持ち悪さ」を連想してた。
また、そういうコンテンツをやるには日本のコンテンツ産業は「かっこいい男性」を偶像化しすぎてきた歴史があるため、「25人で取り合うにふさわしい男性」というものが存在し得ないか、しても恋愛ではなく芸能やお仕事、研究の世界にしかいないような気がしていた。
「恋がうまい男」は恋しかできないヤリチンで、25人のクライアントには耐えられても25人の女性の期待に耐え、誠実に応えられる男は日本にはいないし、いてもテレビには出ないだろうと思ってた。*1
だから、はじめてバチェラーについて書いた時にはバッシング記事だった。
バチェラーが日本ではウケない7つの理由
でも、最後まで見た僕の印象は逆だった。
日本の下手な恋愛番組よりもバチェラーの方がずっと恋愛を誠実に切り取っているように思えた。
恋愛をもっと自分との戦いとして定義しようとしてるし、テクニックよりも気持ちや生き様のぶつかり合いとして描いているし…
「そうそう、みんな金の話とか、テクニックの話…もっと酷いと恋愛のリスクばかりを話してるけど、自分らしく恋愛をしてる人間の美しさ・緊張感をちゃんと描いてほしいんだ」
という、恋愛コンテンツに対して求めてたことをキチッとやってくれていた。
最後まで残った森田紗英さん、蒼川愛さんには恋を突き詰める美しさがあった。
もちろん「客観的に」いえば、森田紗英みたいな人は時間が経つにつれてウザく見えるタイプにありがちな「恋愛依存」な人だ。…彼女も自己分析してるけどね。
もちろん「客観的に」いえば、蒼川愛さんみたいな人は恋愛や女らしさを才能でやってのけているところがあるから、いくら恋人・奥さんとして慕い続けても言葉がどこか伝わりきらないリスクが高いタイプだ。
そして、その「客観性」ばかりが言われて、今現在ひたむきに美しい恋愛をしている彼女達の姿をキチッと映し出せている番組は少ない。
「客観性」に言ったらバカな判断もたくさんしているバチェラーが恋愛がヘタなりにバカなりに…考えながら、接しながら成長していく姿の美しさをキチッと描けているメディアが驚くほど少ない。
人は成長も変化もする生き物で、その可能性をポジティブに捉えた恋愛番組
日本でそういうコンテンツに触れようとすると、20年ぐらい前のJ-popとか、少女マンガとか…もっと個人的な思い出話に偏ってしまう。
だから、「バチェラー」というドキュメンタリー番組として、あそこまで「振られるかもしれない怖さ」と「恋のためにベストを尽くそうとする人の美しさ」を描き出せていたのは斬新だし、すごく誠実に思えた。
恋愛の最大のコツは自己ベストを尽くして笑ってること
ましてやバチェラーほどいろんなことをさせられると、「自分にとって不利」なアクティビティもたくさんある。
例えば、蒼川さんはカクテルパーティーに割って入って話したり、特技を発揮してプレゼントを送るのが苦手。そういうことをやらせたらもっと上手い子はいっぱいいた。
例えば、森田さんはずっと依存体質なまま恋愛しているから序盤は話すタイミングをとれなかったり、話してもしつこくてうざがられてた。
バチェラーほど特殊じゃなくても、「準備できてない状況でのデート」「お金や時間の制約」なんて、恋愛してたらゴロゴロある。
よく見せたい…よく思われたい…でも、「客観的に言ったら、自分は下手だ・全然足りない」と思う状況を交際相手に見せないといけない状況なんてたくさんある。
そういう時でも、嫌なところを見せずに、その日のベストを頑張って出そうとできるか…それが、恋愛って大事。
もちろん、自己ベストで、その日のベストで挑んでも振られることはある。
自分では足りないこと、足りているけど相手とのタイミングや気持ちの釣り合い・準備が噛み合わないことはある。
でも、振られる前から気持ちで負けてウジウジしたところや、勝手に舞い上がって自滅するようなことは、最後まで残った彼女たちはできるだけ彼に見せないように努力もしてた。そして、そのことがバチェラー伝わってるように感じた。
「自己ベスト」だから、それを更新するテクニックや、その日をベストにするためにできる日頃の準備はいっぱいある。
・日頃の筋トレや自分磨き
・過去の恋愛のフィードバック、
・自信のある自分を持つために恋愛以外の本業をがんばる
…でも、それができない時には、その日のベストで、好印象な方法を考える以外に仕方がない。運命は自分よりもっとできる人ではなく、その日呼ばれた・その場にいる自分に巡ってきているのだから、笑って受け入れる以外にない。
学べば学ぶほど、努力をすればするほど、やるべきことやもっとすごい人が見えてくるから「こんなにできてない自分になんて自信がない」と思うこともある。
でも、相手がその日を見てるのは「そこにいないベキ論」ではなく、「その日目の前にいるあなた」だから。
それはバチェラーならともかく、普段は誰と恋愛してもそこだけは対等だから。
だから、
その日振られる前から振られることを考えさせたり、
客観的なベキ論ばかりが先行して足りない部分を指摘してきたり、
その時のベストを尽くしたつもりなのに、頭ごなしに否定してきたり、
そういう人の存在を一旦保留して、その日のベストで、次の瞬間に通じ合えるために、正面切って向き合うこと。
恋愛って本来そういうもんだ。
そのことを生身の人間がやって、やっているところを見る。
それを言ってる人さえ少ない中、音楽やアニメの世界に消えてしまいがちな中、それをキチッと見せてくれたバチェラーはすごく恋に対して誠実になれる…誠実であろうとする番組だと思えた。
汚いもの、大変なものだと感じてた恋愛の世界を大きく広げてくれる番組だったから、もっと多くの人に見てもらえればいいなぁ…と思える最終回でした。
*1:※女性は四六時中恋バナや男の愚痴を酒の肴にしてる層もいるのだから、