躁鬱病でドロップアウトしたその時は、自殺まで考えてそこから4年。
すっかりアウトローと化してしまったドロップアウト経験者。
そんなドロップアウト組の心をえぐりまくるマンガを見つけてしまった。
それが「凪のお暇」というマンガ。
その名の通り「凪という人が暇をもらう話」。
そして、この「暇をもらう」という言い回しが深い。
というのも、「暇」 という言葉には「暇を持て余す」の暇と、「お暇をもらう」の暇がある。
彼女は「暇をもらう」けど、同時にやりたいことなんてもともとなかったから「暇を持て余しながら漂う」話でもある。
ドロップアウトあるあるであり、ニートあるあるでもあり、自分探し/自分改革あるあるでもある。
だから、
・心を病んだ/病みやすい人
・一度は本気で自殺を考えたことがある人
・自分が生きてても死んでても何も変わらないんじゃないか?と思ったことある人
・「1人にならないと死ぬ」と集団から逃亡した経験が幾度となくある人
・1人になったあとで、「1人のままでは這い上がれない」と気づいた人
に読んで欲しい。
そんな人達の感じている孤独や窮屈さも代弁され、それでいてちゃんと立ち直っていく救いのある話だから。
あらすじ
このマンガはコマの破壊力がやたらと高いから、コマ多めで紹介していく。
ドロップアウトやニートの経験がある人なら「うわぁ~…わかる」ってなるマンガであることを感じ取って欲しい。
「空気読んでこ」が心の中の口癖になってしまったOL【大島凪】が
限界まで自分を押し殺して生きてきた結果、周囲から言いたい放題やりたい放題されてストレスのはけ口がなくなって、ついに過呼吸に陥ってしまう。
過呼吸になって限界が来るまでがんばった反動から、モノも人間関係も自分自身で無理してやってたファッションも全部断ち切って、自分をリセットすることを目指す。
…ちなみに、僕はもうこの1話読んだ時にウルッときた。
一人暮らしする前の、毒親相手に折り合いつけようとしてた僕そのもので、
その毒親から逃げたくてなんとかブラック企業でもいいから会社を勤め上げないと行けないとシャカリキになっておかしいと思っても辞めずにがんばってた僕だから。
空気が読めてたとも、読むのが好きだったとも思わない。
だけど、漠然と「空気読まなきゃなぁ」と自分に言い聞かせながら貧乏くじでも理不尽でもどうにか順応しようとしてた自分を思い出し…それだけで、泣きそうになってた。
自分の経験であり、このマンガでも、自分が見てきた周りのドロップアウトする人も同じ。
ドロップアウトするような人は能力的なものでも、根性の問題でも、ましてや悪いヤツで反抗的だからドロップアウトするわけでもないんだよ。
ドロップアウトしちゃう人はむしろ過剰なほどの順応を目指す
実際に順応できているかどうかは別として、すご~く顔色を伺う。
実際に順応できているかどうかは別として、おかしいと思ってても「空気を読んでいこう」「やらなきゃいけないんだ」と自分に言い聞かせようとする。
実際に順応できているかどうかは別として、使いっぱしりでも必要とされているともやもやしつつ、心の何処かで安心している自分がいる。
凪のお暇でいうと、このコマが近いかな…。
嘘みたいな話だと思われる人もいるから、僕からも。嘘みたいな本当の話を幾つかさせて。
まず1つは、今でこそデブな僕は中学時代まではガリガリだった。
もう1つは、受験中に激太りして、高校時代に母親に服を買ってもらうときには少しでも母の機嫌を取ろうと、着れるかどうかギリギリなぐらいタイトなサイズの服ばかりを選んでた。
少しでも太ってることの嫌味を減らそうと焼け石に水な努力をしていて、僕のクローゼットには「きつすぎて着られない服」が増えていっていた時期があり、それが僕のファッション嫌いのきっかけになった。
トドメは、それを父親に告白できたのはなんと8年後であり、ネットに笑い話としてかけるようになったのは10年後で、それまでは恥ずかしくて言うこともできないトラウマだった。
他人の機嫌を損ねるのが怖い。
機嫌を損ねた人間は、話なんか聞かないから実質的には幽霊や酒乱と変わらないから。
それが子ども時代に母親という生成与奪の権利を持つ人間が気まぐれに不機嫌になるため、僕にとっては他人の不機嫌や話が通じないことは生死に関わる気がして、未だに他人に不機嫌そうにされるのが怖い。
ネットの声なんか不機嫌を装ってるか、自己満足でしか言葉を発してないことを知ってるから他人の不機嫌を恐れずにいられる。
だけど、生身の人間が目の前で不機嫌になると暴力や生成与奪を振りかざす危険があるだけに不機嫌それ自体が本当に恐ろしいと感じて、少しでも機嫌を悪くしてしまったら「何が悪かったんだろう」とその後一晩中考えていることがある。
だから、マンガを読んでいて共感しかなかった。
怖くて強く出られない凪さんの気持ち、
出したい自分がない/無理やりキャラをひねり出せない凪さんの悩み、
逆に強く出てみたら案外どうにかなるのに強く出ることを一瞬ためらってしまう凪さんの迷い
…全部自分のことのようで、泣きそうになりながら読んだ。
僕が恥ずかしくて他人に言えず、心の奥底にしまいこんだことをガッツリ語ってくれるマンガに「マンガに共感しているふりしてポロッとなら言える」って…勇気をもらってる。
ドロップアウト生活の孤独や決意も代弁してるからすごい!
このマンガの凄さは、「ドロップアウトしたら万事解決」みたいな話ではないこと。
ドロップアウトしても、病気を直したり、ドロップアウトしてしまう自分のままでは再発の危険が怖くてとてもやっていけない。
そこで強く生まれ変わろうともがくのだが…その時には辛いこともある。
例えば、ドロップアウトしたことで社会からはみ出してしまう。
その実感は、本当にささいなことをきっかけに感じてしまうもので…
こんなの毎日ですよ…。スーツの男性とすれ違うたびに、繁華街でイチャコラしてるカップルを見かけるたびに「俺の人生ってなんだろう」とか思っちゃってますよ…。
正直、病む前は孤独になりたくてしょうがなかったし、孤独耐性高い自信もあった。
でも、いざ病んで一人になってみると「1人になれるのと、1人にしかなれないのは違うんだな」って思って孤独に押しつぶされそうになる。
「1人でいれば、自由と思っていた」よ?
でも、自由なだけだと寂しさと罪悪感をモロに受け止めることになるんだよ…。
かと言って、既存の人間関係に戻っても軽く、病むように扱われるから戻れない。だから、「断ち切る」勇気も必要になってくる。
で、断ち切ることになれてないから、すごく吹っ切れた…開き直った…そう取られてもしょうがないことをはっきりいうようになっていく。
古い人間関係に対して、自分が思いっきり相容れない人間に対してのスタンスは完全にこの辺のセリフと同じかな…。
これから会う人には理解して欲しいし、ありのままを愛して欲しいよ?
でも、もう傷つけられたり、うまくやっていけなかった人には残念ながら「かかわらないで」っていうしかないと思う。
ヤマアラシのジレンマじゃないけど…良かれと思ってやってることがスベってることにも気づいていない人とはやっていけないし、きつく言うしかないもん。
誰が悪いって話ではなく、「お互いが幸せでいられる最適な距離」に一度リセットしたい。
それは自分と昔の人間関係でも、自分と社会の関係でも同じ。
ドロップアウトして変えたいのは自分でもある。
でも、同時に変えたいのは距離感であり、付き合い方であり、世界の見え方なんだよ…。
凪さんはそれをみんなに教えてくれる。
僕にとってそれは人生を豊かにしてくれたし、きっと他の人の人生も豊かにしてくれると信じてるから、多くの人に読んでほしくてこのマンガを紹介してる。
2巻以降が楽しみです\(^o^)/