最近、QMAを勧めてくれたリア友と、秋葉原でメロンブックスを歩いている時、こんなマンガを見つけて盛り上がった。
いいマンガです。
本格的な古典なんだけど、偉ぶらず。
批判することも絶賛することもできるところで、きちっとその両面を書く。
お硬いどころか、むしろ萌えや少女マンガといったオタク的な表現を匂わせることで読者が親しみやすい作品にしている。
しかも、マンガの中のオタク的な手法がいやらしくなりすぎず、むしろ読みやすい潤滑油になっている。
どの方面から見てもバランスよく、それでいて骨太なマンガ。
概要・あらすじ
まず、このマンガは、実話を元にしてる。
実際に明治時代の日本を旅したイギリス人旅行家「イザベラ・バード」が通訳の伊藤鶴吉を伴って江戸から蝦夷までを旅した紀行記「日本奥地紀行(原題:Unbeaten Tracks in Japan)」を、元にバードさんの旅をマンガにしたもの。
しかも、ただの紀行記ではなく、他の外国人が行ったことないルートに挑戦しているため、江戸や日光のような当時の都会街だけではなく、着る服にさえ困っていたり、外国人を見かけることさえないような街にも行って、その苦しさや独特の風習について書いている。
とりわけ2巻の会津道の話は、今の日本人が見ても想像しづらいような内容になっていて、歴史が好きな人が見ても、生々しさに驚く内容となっている。
マンガの紹介文でも、ワンシーンとしても現れることでもあるのだが、本当に
「滅んでいくことを記憶に残していく旅」
の名の通り、本当に失われたモノが出てくる。
この言葉は江戸から離れ、田舎に踏み込んでいくほど、重くのしかかっていくことになるコンセプト。
滅びゆく文明・文化なので、原始的で野蛮にも見えることも出てくる。
だけど、あくまでもそれを論じることが目的ではなく、記憶することが目的。
その記録をキチッとマンガに落とし込まれていることが、この作品の意義。
知ってるようで知らない日本の原風景がこの一冊に
とは言え、ハードになっていくのは2巻以降の…それも難しい道を旅をしている話のときだけ。
1巻では横浜・江戸~日光にかけての旅。
ただ、「江戸時代とは言え、都会の日本だから知ってるモノ、聞いたことあるものばかりで、日本人なら聞いたことぐらいはある」と思って読むと、いろんなことに驚かされる。
それこそ、バードさんみたいに全く知らないものを1つ1つ「これなんだ」と手を止めながらじっくり読んだり、現代っ子の僕等は気になって検索したくなったりしてしまう。
しかも、バードさん目線だから、相手の言ってることやってることが通訳がいないとさっぱりわからない状態をキチッと描いている。
考えたこともないけど…確かに、初見の人にはお歯黒・引眉って怖い…。仮に昔の日本にタイムスリップしたら多分殆どの人が驚くと思う。
ちゃんとまともに接客されているとは言え、知らない言語で喋るお歯黒・引眉のおばちゃんって…なんも知らない人からしたらかなり怖い。(あくまで受け手の問題として)
知識としては唐辛子売りも、お歯黒も知ってるよ?
でも、それを見たことない人にどう見えるとか、そもそも原風景としてはどういう感じだったのかとかは案外ちゃんと説明できる人は少ない。
だから、「知ってるはず」のものがちゃんと生活に溶け込んでるモノをキチッとマンガに落とし込んでくれるのは、すごく衝撃的!
知識として知ることや、現代風に面白おかしく美化されたものとして見るのはまた違っててすごく面白い!!
ちなみに、僕が『当時を忠実に再現する作品』の面白さと出会ったのは「この世界の片隅に」という作品。
これはこれで、戦前・戦中 の生活様式を忠実に再現している作品なんだけど…。
生活様式が2世代程度でこんだけ変わったと思いながら見ると、すごく面白い。
順番はどっちでもいいので、是非合わせて読んで欲しい。
江戸~明治初期、戦前・戦中のこと「知ってるようで知らないこと」が多い。
映像にも残ってないから、こうやってマンガに落とし込んでくれる作品は本当に貴重。
もちろん、マンガ表現としての美化や、簡略化はあるよ?
それでも、学問や暗記の世界でしかないものが自分たちのルーツであり、そのルーツがマンガを読むことで知識以上の体験として畏怖と新鮮味が感じられて、すごくずっしりと厚みがある。
「書を捨てよ、町へ出よう」
なんて言った人もいるけど…書だって選び方次第ではすごく貴重な体験になることを改めて思い知らされた。
知ってるようで知らないところがあるのは今だけじゃない。
むしろ、昔のほうこそ知ってるようで知らないし、僕等が習ってる歴史の授業や、知識を提供してくれる報道はまだまだ入り口なんだと思い知らされた。
日本人から見ても不思議なのはイギリス人のバードさんに感覚が近いこと
この本には
「滅びゆく日本の生活を記録する」
というテーマがある通り、滅びた後の人間が見ると、言葉も知識も知ってるのに、まるで知らない国!!
それが明治初期の日本。
「不思議な国」と度々フレーズとして出てくるけど 、これはイギリス人のバードさんが感じているはずなんだ。だって、バードさんは外国人で旅の人なんだから。
ところがだ!すっかり生活が西洋化した(…なんなら、この記事を僕がマクドナルドで書いているぐらいには西洋化している)現代から見ると…日本人からみても「知らない日本」だから、むしろバードさんに近い感覚で、
「こんな風習野蛮だ」
「わかる!肉が食べられない生活なんて考えられない」
とか思ってしまう。
もちろん、バードさんは旅の準備や都会に行き着くと同胞に会ってイギリス人っぽいこともしているため、バードさんにもまた共感できないおかしく見える部分はある。
「わかる!(日本人が日本を旅行している人の話を見ているのに、外国人の)バードさんの言いたいことすげーわかる!!」
という風になる。
それだけ我々の生活って、日本のネイティブなものからは変化してるし、変化している過程で受け継いだり、語り継いだりできてない事が多いこともわかっておもしろい。
もっと突き詰めて考えるなら世界中で色んな途上国がグローバル化・近代化して同じことが起こっていくだろう。
だけど、自分たちの根源的な文化や風習を記録に残してくれた人がいるこの国は割と幸せな方だと思うし、そう考えるとイザベラ・バードというのは本当にすごい人物だと思う。
同時に、100年経った今「日本奥地紀行」を取り上げようと考えたこの本の作者や編集者は本当に目のつけどころがいいと思う!!
日本の歴史は政治的なナショナリズムとか、ポリティカル・コレクトネスとかに蝕まれながら語られすぎている。
それを歴史修正主義って言う人もいるけど、見たこともないモノを頭でっかちに語る以上、ウソや勘違いが交じるのはしょうがない。
当然、未来のことなんか知らない人達の世界は今から見れば前時代的で生々しく野蛮に見えてしまうだろう。
野蛮さの大小はあれど、ローマ人のコロッセオも、昭和の日本は当たり前に職場でタバコを吸える世界も、今から見たらかなり野蛮に見えてしまう。
それに対して、現代人はついつい今から見た道徳観でああでもないこうでもないっていいたがる。(その気持ちもわかる)
だからこそ、こういう作品は貴重なのだ。
ついつい脚色したくなる・臭いものにフタをしたくなるところを、「過ぎ去った過去」としていいところも悪いところも敢えて淡々と…。
態度として淡々としながらも、表現としてわかりやすく紹介してくれる作品は貴重な体験へと読者を誘ってくれるだろう…。
読む前は緊張するんだけど、読み始めるとガッツリ読めちゃうんですよね…これ。
それでいて、これを読んだことでものの見方が変わるから、ジワジワと、色んなことを考えだした頃に効いてくる。
いや~すごいマンガです。