「真実の愛は、試されなければならない。」
「真実の愛は、狂気と区別がつかない。」
「真実の愛は、疫病のように伝染する。」(ハッピーシュガーライフ1〜3巻、背表紙帯より)
J-popで歌われてる愛なんか、ちっとも「真実の愛」じゃない。
リスクも覚悟も犠牲もない、ただの「べき論」を唱えるだけじゃないか。
真実の愛は、そんなにも軟弱に貫けるんですか?
真実の愛とはむしろ、その純粋さ・気高さゆえに衝突するのではないですか?
守るべきものがあるからこそ、排除することも出てくるんじゃないですか?
J-popの歌詞のような崇高な「べき論」を実践する人間が本当にいたとしたら、その人は肉欲や支配欲やナルシズムの類を愛だとのたまう人をどう思うでしょうか?
このマンガは、才色兼備の高校生「松坂さとう」が…手段を選ばず「真実の愛」を貫く話です。それでいて愛のピュアさだけではなく、愛を貫くためにガッツリと人とも衝突していく作品でございます。
そこが怖いと言う人も多く、実際にこの作品はホラーというジャンルで語られます。
でも、むしろその正直さと、「貫くことで人生を生き抜いている感じ」が僕はたまらなく好きで…何かしらの(ダーク)ヒーロー活劇的な爽快感すら感じながら楽しんでいます。
あらすじ:「真実の愛」はみんなが納得する形だとは限らない
「松坂さとう」が真実の愛に貫くお話。
それがこのマンガの一番大事な部分であることは間違いない。
しかし、元々の彼女は「ゆるい」と評判のビッチだった。


つまり、百合。
それも、一回り年下の子との同棲生活。
そして、その愛はとてつもなく、キラキラしていた。

でも、純粋すぎて歪んでいる。 他の人が思い描く愛とは違う愛だから衝突する。
そして、一通りの肉欲・独占欲を体験し尽くした彼女は、人々が思い描く愛という名の欺瞞を知り尽くしてるからこそ、それらを見透かして…嗤う。
この想いを守るためなら、どんなことも許される。
このマンガは「純愛サイコホラー」という言葉が帯に書かれている。
「純愛」「サイコホラー」…相反するもののように聞こえなくもないフレーズだが、この2つが連動することで、ホラーも愛情の真実味も重たくなっていく。
なぜなら、愛情の甘さの分だけ、彼女が愛を貫く力はより強くなっていくから。
ある時は、他の人の愛の形と衝突し、それを自分の愛を貫くために人を追い詰め、


でも、彼女ほど純粋で正直な人はいない。
だから、自分の愛の為に人と対立してでも愛を貫いている。
彼女にとっての悪や穢れとはむしろ、純粋に愛を貫けないことにこそあるから。
…そして、彼女の「純粋さから生じる残忍性」は裏表紙上の独特なポエム演出へとつながっている。

これがきっと「愛」なのね。
彼女はそう思いました。
この想いを守るためなら、
どんなことも許される
と書かれている。…綺麗なお話。
残酷で美しい物語としか言いようがない。
帯の演出も好きだから、2,3巻の帯画像も。(1巻は別の人の推薦文だから割愛)

真っ直ぐな人間が遠慮せずに感情を出した時の顔は、突き抜けていて気持ちがいい。
誰よりも純粋で、誰よりも自分に正直で、貫いているエゴも強く業が深い。
…そんな彼女が自分のすべてを、誰かに認められるためではなく、自分としおちゃんが満たされるためだけに生き抜く。
それこそ、「狂気と区別がつかない」ほどに。
「真実の愛は、疫病のように伝染する。」
3巻の背表紙帯にあった言葉。これ、本当だと思います。この記事を書くのに、僕は僕の持てる力を全部出して書いたし、『書かないといけない』と強く駆られたから…。
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病んだ要素を持ち合わせつつも話が深すぎてしっかりと泣ける作品つながり。
【ネタバレ注意】映画「この世界の片隅に」を僕は命あるかぎり、伝え続けていきたい。
純粋な人を描いた話でかつ、キチッと泣けたし、キチッと怖かった作品つながり。
ハッピーシュガーライフにも言えることだけど、あんまりすごすぎる作品を見るととそれを見た直後に、そのことしか考えられなくなるから恐ろしい。