LINEマンガで、途中で10巻まで無料だった時期があって読んだところ、これはすごくいい作品だった。
1回なら無料の時を狙って読めばいいけど、じっくり読みたいところがあったので、購入。
2011年の作品から連載されている作品なので、もう20巻以上にまで作品が伸びてしまっていまから全巻揃えるのは骨が折れる。
しかしながら、タイムスリップや異世界転生が流行る前の作品で名前が上がりにくい名作だからこそ、ちゃんと読んでほしい作品でもある。
あらすじ
戦国時代にタイムスリップした(と思われるシェフ)が信長専属の料理人として、料理を献上したり、和平交渉に一役買ったりするお話。
現代についての詳しい記憶がなく、料理についての記憶だけがあるため、現代社会への執着がない代わりに、戦国時代特有の倫理観にも苦しみながら、模索する日々。
それを、丁寧に描いている作品となっている。
知識に裏打ちされた「別の世界で生きていく難しさ」が描かれた作品
この作品のすごさを語る際に、すごい部分を2つに分けて紹介しないといけない。
1つは、原作者の知識がスゴすぎるため、その世界にあったリアルな主人公のすごさを描き出しているというところ。
ダメな創作物だと
「未来人が過去に行けば、みんなが知らないことを知っているから無条件にすごい人になれる」
と誤解しているような作品がいくつも存在する。
最近だと「百錬の覇王」という異世界転生ノベルが悪い意味で話題になり、ぼくも批判記事としてこんな話を書いた。
古代の世界で「おいしいパン」を作ろうと思った時に問題になるのは臼ではないんだよ…。
というのも、ロータリーカーン(石臼)は古代ローマからあった道具だけど、臼自体は…別に古代エジプトの時代からあるんだよ。パンも古代エジプトの時代からある。(発酵させないパンだともっと古い)(略)
「おいしいパン」はすげー難しい。
よしんば「古代にしてはおいしいパン」だったとしても、それを作るのに必要な文明の利器は臼ではない!小麦やバターの生産量、水道や井戸の問題からやらないと話がおかしくなる。(略)
何が言いたいかと言うとですね…持ち込むオーパーツがおかしいんだよ!この作品。
それで、未来から来た人が技術を普及して自分の国を作っていく作品とか言うから「はぁ?」としか言えないわけ。
「タイムスリップや異世界転生した先で、現代日本の技術を普及させよう」というコンセプトの作品はごまんとある。
百錬の覇王も紀元前風の異世界に転生した作品(でありつつ、スマホで検索はできるもの)だから、
「ネットで検索した新しい知識を取り入れて新しい戦術や技術を持ち込む」
というスタイルが取られている。
しかし、異世界に持ち込む【技術のチョイス】がおかしい。
典型的におかしいものが百錬の覇王だから例に出しているが、実はこういう作品は多い。
作品の登場人物どころか、作者もまたネットで調べた付け焼き刃の知識を作品にしているから…問題に対して持ち込む技術がおかしい作品が、たくさんある。
いい加減な異世界転生ものがはびこる時代だからこそ、確かな知識や職業柄を描いている「信長のシェフ」を読んでほしい。
「醤油が存在しない時代」の和食って想像できます?
信長のシェフはすごさを語る上で、欠かせないのは1話だろう。
主人公は食材や調理法の歴史を正確に把握しているため、何がある/ないかをキチッと把握して料理を考えていく。
例えば…戦国時代にはうなぎを開いて焼く文化がそもそもなかった。
並のライトノベルなら、この辺の解説もないだろうし…そもそもうなぎを開いて焼くのが当たり前になっているから昔はどんな料理になっていたかもよく調べたりしないだろう。
うなぎ自体は、奈良時代には食べられていたことが文献から明らかになっているのだが…蒲焼きという概念が登場したのは鎌倉時代。
ただ、この時代には現代の蒲焼と違って、ぶつ切りにして味噌や酢をつけて焼いていた。
なぜなら、醤油が登場がなかったから。
「1580年」というのは絶妙な時期で…織田信長が亡くなったのが1582年。
つまり、信長が食べていた日本料理は醤油を使ってない料理がほとんど。
また、マンガを読む限り2巻で1570年に起こった「金ヶ崎の退き口」をやっていることから、ちょうど醤油が普及する直前の時代である。
日本史が好きな人や、作品を考察するオタクが読んでも矛盾のないことを暗示する手がかりを作品内でちらつかせている。
というわけで、信長のシェフでは醤油を使わない和食がたくさん出てくる。
その辺を不便に思っていたため、2巻になると、醤油がない不便さから醤油の代用品を模索する描写も出てくる。
この作品の面白さは、「信長のシェフ」という題材の通り織田信長の時代に現在の料理の技術を持ち込んでるところにある。
しかし、食材が揃わないことから、調味料をうまく代用したり、その時代にはできない料理方法をうまく避けることで、「新しいけど、ちゃんとその時代に作れるもの」を試行錯誤している。
ぼくは以前から流行っている異世界転生モノには、
「いやいや、現在のものを持ち込んでも当時の人には好みに合わないかわからないでしょ!それ以前に、食材が揃わなくて作れないでしょ!!」
とイライラしていた。
信長のシェフは読者の疑問にしっかり答える作品作りがされていて、ぼくは気持ちよく読めた!!
原作者は元公邸料理人。だからこそ「単に料理がうまい未来人」以上のものを描く
「信長のシェフ」のもう1つの面白さは、原作者に公邸料理人の経験があるということ。
もちろん、新しいもの・南蛮から来たものが好きだった信長にとっては、未来人から料理が振る舞われること自体喜んで食べるだろう。
実際問題、マンガでも最初は主人公の作る新しい料理を評価するところから信長とのお付き合いがスタートしている。
ここまでは「信長ならシェフを雇うだろうし、信長ならシェフ好きそうだから別に…」と思う。
でも、このマンガはもっと先を行っていて、それには作者が公邸料理人であることが活かされている。
公邸料理人は…料理の中に政治的なメッセージを込めたり、友好の証として相手のことをよく知っているからこそ出せる料理を出すことに重きを置くことがある。
単なる料理人というよりも、スポークスマンのような側面を持った料理人でもあるし、その場その場の食材をやりくりする出張料理人のような側面もあるのだ。。
これが織田信長という相手であるならば、
・戦場で作れるような即席料理
・外交や通商の場で、相手に力を見せつけたり、メッセージを込めるような料理
・急な催し物に対応する柔軟な対応力を活かした料理
と様々な場面で、適切な料理ができる人でないと…信長のシェフとは到底言えない。
個人的に面白かったのは、北畠家との交渉の際に作った料理。
料理の詳細はマンガを買って見てもらうものとして…北畠家の料理人を200年も先の料理を作って驚かせることで、文化的水準の差を見せつけ、名門北畠家との交渉を有利に進める…というシーン。
信長に兵力差で圧倒され、主人公には厨房を任せている料理人に解説を求めても説明ができない…軍事力だけで揺るがない相手に、文化的な力で追い打ちをかけている。
自分たちが知り尽くしている地元の食材で、食べたことのない料理を作られてしまうと…自信も揺らぐ。
兵力や数字の交渉では語り尽くせない部分を信長のシェフが埋め合わせることで交渉を有利に進める。
もっと「公邸料理人」のカラーが濃ゆい作品を読みたいのであれば、ぼくは同じ原作者の「グ・ラ・メ〜大宰相の料理人〜」を読むのもいいかもしれない。
まあ、マンガ家の力量が、圧倒的に信長のシェフの方が高いから、ぼくは
「信長のシェフは絶対読んで。でも、もっと現代のお仕事モノとしてこの人の技術を読んでみたい人はグラメも読んでみるといいよ」
というぐらいなんだけどね。
昔の作品だから、無料で読めることもあるかもしれない。
それでも、この作品は読み返す価値があるから買って手元においておくべきだと思うよ!