最近はバカにされるから言われなくなったけど、
「日本からなぜスティーブ・ジョブズが生まれないんだ?」
みたいな論争が、少し前に流行っていた。
当時は
「ITバブル時代に、少しでも勢いのあるIT企業にはNTT(ドコモ)が天下りを送り込んだり、マスコミが似たような海外のサービスばかり持ち上げたりして潰したせいやろ!!日本にもジョブズ候補はいたけど、古い人達があの手この手で叩いたせいだろ!!」
と、思っていた。
しかしながら、最近になってこの問題を考えるともっと違うアプローチがある気がした。
「そもそも、どうしてスティーブ・ジョブズが生まれてほしいのか?」
「ビル・ゲイツでもなく、ジェフ・ベゾスやラリー・ペイジではなく、スティーブ・ジョブズなのか?」
という疑問が生まれた。
日本にスティーブ・ジョブズが生まれても世界は取れない。
考えてみてほしい。
MacBookよりもWindowsの方が世の中のインフラとして浸透していて、世の中のソフトウェアの多くはWindows向けに作られてる。MacBookはデフォルトで入っているソフトが優秀だが、外部のソフトを使って自由にカスタマイズすることが難しい。
次に、iPhoneは浸透しているように見えるが、実はiPhoneの普及率が高いのは日本、アメリカ、イギリス、オーストラリアぐらいで、世界的にはAndroidのスマートフォンの方が浸透している。
だから、iTunesを使った手数料ビジネスも普及率で考えたらGoogle Playの方が上。先進諸国で普及率が高いAppleは「上澄み」を取ることに成功しているけど、これも将来どうなるかはわからない。
しいて言えば、iPadやApple Watchと言った新しい領域を切り開いていることはすごいと思うし「全く新しい市場を切り開ける企業が日本にもほしい」という意味なら同意するところはあるのだが…それもApple全体では売上の1割にとどまる。
Apple、Googleなど世界を席巻する5大IT企業の収益構造をグラフ化してみたら、意外な違いが見えてきた
そして、製造業だからこそ、売上が大きくなるものの、利益を効率よくあげることには限界がある。
「GAFAの中で一番売上も利益も大きいじゃないか!」
という人はいるだろうけど、GoogleやFacebookみたいにハードウェアを作らなくてもいい会社に比べて利益に特化しづらい。
Appleはインフラではないからこそ、どんなビジネスでも上澄みの金払いのいいユーザーを取ることができる。
しかし、Appleはインフラではないからこそ、何をしても世界中に普及することはないし、高いお金を払うユーザーを相手にしている分だけいいものを作り続けないと死んでしまう。
戦国武将で言えば、三好家や今川家に近い。
よそよりも肥沃な広い土地を持っていて「天下人に最も近い」と言われるが、全国制覇するために僻地まで赴くようなことは特にしないので、本当に天下人ではない…そういう位置づけ。
特に今川とは古参の名門という点でそっくり。(お家騒動でゴタゴタした後、スティーブ・ジョブズが亡くなると存在感が薄れるという意味では三好的とも言えなくはないけど)
日本の企業は戦国時代でいう真田や島津みたいな会社が多い。
これも戦国時代好きな人からすると「いやいや、島津家は鎌倉時代以来の名門で、真田家は室町時代まで記述すらなかった豪族でぜんぜん違うやろ」って話になりかねないんだけど…戦国時代にスポットを当てると似てるところもある。
まず、両方とも戦ではすごく強い。
次に、あくまでもお家存続が優先。幕末までお家が残ることはもちろん、現在でも血筋を引く人が生き残っている。
最後に、勢力拡大はしても天下人とはできるだけ喧嘩しない。するにしても、お家の存在感を残すためであって、和睦する道を残しながら戦う。
ビジネスで言えば、GAFAになるような気はないけど、GAFAを支える重要な役割を担う力は持ってるような状態。
実際、GAFAが日本に来てもGoogle Mapを支えてたのはゼンリン地図であったり、物流がAmazonの天下になってもクロネコヤマトの物流システムに依存する状態が続き、さらにiPhoneの液晶も日本企業が作っていた時期もあったり。
誰が天下人になろうが、自分達の分野では圧倒的に強いからしばらくは「大将はアメリカの巨大企業なのに、中身が日本企業の集合体」…ということがしばしば起こる。
コンビニやまいばすけっとが日本中にできて独自のプライベート商品が作られても、結局はマルちゃんの焼きそばを置くし、日清のカップヌードルが割高でも売れてしまうし、袋麺でもサッポロ一番シリーズを置かざるを得ない。
別にカップヌードルがAmazonやコンビニみたいに他の市場を潰したり、乗っ取ったりすることはない。
カップヌードルができても新しい市場が開けているだけ。
ラーメン屋は潰れないし、他の携帯食とはまた違う位置づけだから侵略することはない。
でも、誰が小売や通販の天下を握ろうが、みんな日清のカップヌードルを買う。
こういう企業が日本はすごーく多い。
誰が天下を取ろうが、有力な勢力として生き残ったり、部分的に社会インフラを担っている状態の企業が生き残り続けることがすごーく多い。
日本にはスティーブ・ジョブズはいる。
「日本にスティーブ・ジョブズがいない」
という問題をよく口にする人がいるけど、そもそも日本に少ないのはジョブズではないのだ。
Appleのようにその分野の古参でいいポジションを取ることができたら、別にジョブズになることはできる。
ゲーム機なんかはいい例で、任天堂やソニーは独自のインフラを構築して全体は取らなくても上澄みをとることはできてる。(今ゲーム機買ってまで人はお金がある人達だから、スマホゲームに比べてすごく上澄み)
「PayPayのようなQRコード決済よりもSuicaの方が有能」
という説だって、JRは自分達の分野については優秀でかつ最古参でかつ一番美味しい領土を獲得しているから出てくる議論だ。
でも、JRが世界戦略を取る気がないから、Suicaがいくら優秀でも電車に乗る人や、駅の売店と駅ビルで有能ならそれでいいのだ。
「日本からスティーブ・ジョブズが生まれない」
と言ってるけど、実は個人ではないだけで、いる。
ただ、ジョブズのポジションを取るには、最古参の一角で、なおかつ自分の分野では常に革新的な取り組みをしている企業でないといけないため目立たないけど…いる。
むしろ、いないのはAmazonやGoogleの方だし、生まれてほしいとさえ思われてないことこそ真の問題なのだ!!
「日本からスティーブ・ジョブズがいない」
はスティーブ・ジョブズぐらいならいてもどうにかなると思ってるからだ。
「日本からジェフ・ベゾスやラリー・ペイジが生まれない」
と言わないところにこそ、本質がある。
ジェフ・ベゾスやラリー・ペイジは、戦国時代で言うと織田信長のようなポジション。
他のビジネスを破壊して、自分の市場、巨大上澄みだけではなく隣接する市場の隅々まで天下統一してしまうような人は…生まれてしまうとヤバいのだ。
鈴木敏文とかいう織田信長、セブンイレブンとかいう織田家
戦国時代に織田信長が画期的だったことは、あらゆる新しいことを取り入れたことでもあるが…仏教勢力と揉めて幕府も滅ぼしたことだろう。
信長が仏教勢力と揉めたことについては犠牲を最小限にしたり、見せしめだったりという説もあるが、それでもそもそも揉めること自体が珍しい。
戦国大名の多くは、仏教勢力との喧嘩は避けていたからだ。
まず、仏教勢力は信者が多いから一揆が起きる原因にもなる。
次に、身内の誰かが仏門に入る事態になることは当時でも珍しくないから禍根を作りたくない。事実、信長の孫は高尾山から追放されたとも言われてる。
僧侶には知識人が多いから戦争の仲裁や、あらゆる方面の教育係として有能だから、味方につけておきたい。
それどころか仏門に入って、信仰の力を借りる武田信玄みたいな人までいる。
幕府を滅ぼしてしまったことも珍しいといえば珍しい。
将軍家自体の領土や武力がなくなった後でも献金してくれたり、将軍に従って包囲網に乗っかってくれる勢力は多かった。
過去にも追放する勢力はあったが、滅ぼすまで行かず、将軍の権威を利用したり、成り代わろうとする人が多かった。
信長も利用しようとした時期はあるが…色んな意見の対立があったとは言え、本当に滅ぼしてしまったことはかなりレアなケースと言えるし、戦国大名が天下を取ってたら室町幕府は滅びなかったかもしれない。
セブンイレブンの生みの親であった鈴木敏文も、ドミナント戦略とか、POSシステムとか色々と新しいことをしていてそれも斬新なのだが…日本の会社には珍しい「他の業界を破壊した会社」という側面もある。
まず、本屋を破壊したのはAmazonではない。
実はAmazonが創業する前から本屋はセブンイレブンによって破壊されていた。
大きな本屋は雑誌の売上に依存していなかったが、街の本屋の多くは雑誌の売上が大きな収入源だったので、雑誌を扱った時点でコンビニこそが街の本屋を潰したと言える。
次に、「大型スーパーが商店街を潰した」と言われがちだが、大型スーパーが出店できない地域の小さい商店まで潰したのはコンビニなんだ。
広い土地が確保できない地域…都心部や地方の僻地はむしろコンビニの方が驚異。
扱う商品の範囲も大型スーパーの中でも食品スーパー寄りのものと違って、本でもゲームでも売れ筋をコンビニに取られてしまうため、広範囲で驚異が及ぶ。
今までは飲食店と競合することはなかったが、最近のセブンイレブンの麺類の質は下手なラーメン屋よりずっと美味しい。
近い将来「セブンイレブンのせいでラーメン屋が減る日」も来るのではないかな?
さらに、郵便局を減少傾向にしたところなんて完全にコンビニのせいと言えるのではないかな?
公共料金の支払いも、荷物の受け取り・発送もできるし、今では銀行の機能もある。
郵便局がかつてやってたことは全部コンビニがやっているから、郵便局にとって最大の脅威はコンビニなのだ。(各種払込サービスを始めたのはセブンイレブンなので、特にセブンイレブンが滅ぼしたと言って差し支えない)
セブンイレブン側に言わせれば
「狭い店舗で、ジャンルを問わず効率よく売り上げられるものを置いただけだ。」
ということだろうけど…小さい商店からすると売れ筋がだいたいコンビニにあるせいで、売れ筋がキチッと売れなくなるという恐怖しかコンビニにはなく、セブンイレブンは真っ先に導入してくるから特にセブンイレブンが恐怖なのだ。
ここまで色んな産業・関連業者を潰して回る会社はGoogleやAmazonぐらいだ。
Googleは検索エンジン市場を統一した後、メールや動画でも一大勢力を築く。
ウェブサイトに対して最初は「Googleのおかげで広告がついて儲かるからGoogleバンザイ」と思ってた人達も、検索したら概要程度の情報がすぐに出るようになったことで、中小のウェブサイトはGoogleから割を食う形となった。
それどころか、「独自ドメインを取得しないと広告を掲載しない」というルールになってからはレンタルブログの人にとってGoogleは全く旨味のない存在に成り果てた。
Amazonは、コンビニとは競合しない大きなお店を潰して回っている。
大きなお店よりも倉庫から直送するAmazonの方が当然品揃えはいいし、接客用の店員も雇わなくていいから利益も上がりやすい。
特に、書店については紙の本が値引きできないのに対し、キンドルは値引きができることもあって、更にアドバンテージを取られるため、Amazonのせいで大型書店が潰れたと言っても過言ではない状態に。
こういう、「他を破壊してでも拡張して、社会そのものを変えながら独占的な地位を築く」信長モデルの企業やビジネスマンは日本には少ない。
いや、いなくはないんだけど…「信長モデル」という以上、日本でこういう企業・ビジネスマンが生まれるとひどい末路をたどる。
ダイエーだって、すごく信長的に価格決定のあり方やライフスタイルを変えながら周りを破壊した存在だけど、中内功自身が時流を読み間違えたことに加え、後継者がうまく育たなくて潰れてしまってる。
鈴木敏文に至ってはもっと信長的で、身内からのクーデターによって辞めることになり、その後権力争いの中でできあがったセブンペイや強気の値上げ戦略、加盟店に対する圧力のせいですっかりヘイトが溜まっている状態。(※会社自体は伸びているが、今までよりもずっと敵視されることが増えた)
信長的でかつ、その後に僧侶とも他勢力ともうまくやれる秀吉・家康にバトンタッチできる会社が日本に出てこないかなぁ…。
本当に日本が世界と戦う気ならジョブズみたいに「インフラにならないけど上澄みをとれる会社」ではなく、「世界中の人が利用するものを作って、結果として既存のライフスタイルを支えてきたビジネスを破壊してしまう会社」なのよねぇ…。