今更プログラミング教育っているの!?家庭科のミシンぐらいの周回遅れでは!?

読売新聞がプログラミング教育について批判してたが、あまりにも見当違いだった。

 そもそも、PCの活用が、従来の学校教育を大きく変える可能性があることに注意が必要だ。

 子供がPCに向き合う時間が増えるほど、先生との対話や、授業のポイントをノートに自分の手で書く時間は減る恐れがある。

 早い時期から、PCでドリルの反復練習をしていると、長い文章をじっくり読んで意味を考えることがおろそかになりかねない。PC学習では読解力は身に付かないと指摘する専門家もいる。

1人1台PC 投資に見合う教育効果あるか

そこじゃねぇよ!!
紙vsパソコンみたいな対立軸で話してんじゃねーよ!!

情報の教育で小学生にプログラミング教育させることについてはツッコミないのかよ…問題そこやろ。

結論から言おう!プログラミングが必要なことはどんどん減っていく

パソコンや携帯電話でできることって実はそこまで変わってない。
正確に言うと、端末の性能とか、簡略化してくれるサービスがなかったから浸透しなかっただけで、実は昔から専門的な人はできたんだよ。

今、小学生のなりたい仕事はYouTuberだそうだけど…HIKAKINさんは2006年にはYouTuber活動をしてた。
会社としてのYouTubeの設立が2005年、ニコニコ動画ができたのも2006年なんだけども…13年も前から技術的には同じようなものを作ることはできた。

ただ、どうしてここ5年ぐらいでYouTuberが雨後の竹の子のごとく増えたかと言うと…みんなが簡単に動画を作れるようになったからだ。

iPhone1つで簡単に動画を撮影・編集できちゃうようになったからだ。

これによって実写で動画を作る敷居が格段に下がった。
他にもカメラの性能や、容量・処理能力など色々あるんだけど…とにかくこれだけは覚えてほしい。
コンピューターの世界は、プログラミングや難しいソフトを使いこなせなくても、いずれ簡単に使いこなせるようになって世の中に普及する
と。

これ、動画に限らず、ブログであろうが、イラストであろうが、ゲームの開発であろうが、必ずと言っていいほど簡単に作れるようなユーザーインターフェースを持った「なにか」が開発されて、それがきっかけで爆発的に普及すると思ってもらったほうがいい。

だから、プログラミングそのものよりも、便利なツールが出てきた時に使いこなせる技術や発想力の方が重要だったりする
プログラミング自体はすごいと思うし、できるに越したことはないんだけども…プログラミングで誰かが作ったツールをうまい感じに使うことの方が大事だよ…というのが正直なところなんだ。

このブログだってWordPressというサービスを使って作っているんだけども…プログラミングの知識があればもっと細かいカスタマイズはできるだけで、大まかにツールが使えれば誰だって自分のサイトを運用することはできる。

車の仕組みは知らない人でも、交通ルールと操作法さえわかれば免許は取れる

考えてみれば当たり前のことなんだけど…車の運転ができる人のほうが、車を作ったり自分で修理できる人よりも多い。
自動車整備士はそれはそれですごいし、できるにこしたことはないけど…誰にでも必要な資格じゃないんだよ。

プログラミングも言ってしまえば、自動車を1から作ったり、細かい故障を整備するようなもの。
多くの人は、備え付けの設備を一通り使いこなせたり、ツールを使って乗りこなせればいいだけのこと。

だから、「プログラミング教育」なんて専門的で仰々しいものよりも、各種ツールを使えたり、ネットでやり取りする時のマナーや失敗しないためのリテラシーの方が大事になる。

車を持ってる人なら誰でも運転をしたり、事故を起こさないための備えを誰もが学ぶように、
ネットに接続してサービスを利用する人なら誰でも炎上しない・詐欺に引っかからない備えを学ぶようにすべきなんだ。

プログラミング教育なんて、興味があって才能もある人が勝手に自分で受けに行けばいい。
子どもが遊び半分で作れるようなものは、もうここ40年ぐらいの間に一通り作られてるんだから。

そんなことよりも誰かが作ったツールや、サービスを上手く使いこなすことのほうが大事だよ。

それでもなぜプログラミング教育にこだわるのかは、家庭科の教育を見ていくとわかるかも…。

ぼくは89年生まれの30歳だが…学校の情報教育で習ったものは主に2つだった。
1つはコンピューターの仕組みで、「2進数」や「16進数」について習った。これらはコンピューターの電気信号や「byte」というデータ量の単位を理解するのに必要なことだから習った。
もう1つはオフィスソフトの使い方だが…これについてはとても実用に耐えないレベルのものを中学・高校・大学と同じようなものを習った。

簡単に言うと
・コンピューターの原始的な仕組みを理解すること
・会社などでパソコンを使いこなして資料を作れるようにすること
が教育の現場で、子どもたちに教えようとしたことなのだが…iPhone使いこなしてる子どもたちの中で、2進数や16進数コンピューターの電気信号がわかんないことでこまった人って何人いるんだろう?

2002〜2008年ぐらいに教科書を作った大学教授達が若い頃に見たコンピューターというのはそのぐらい原始的なものだったから、子どもたちに教えたかったのかもしれないけど…そんなことよりも、ツールを上手く使える方法を教えてほしかったよ。

オフィスソフトで作る資料も…それ自体は無駄ではないんだろうけど…そもそも無駄な資料や無駄な会議がいっぱい必要な職場こそ大問題なんだよなぁ…。
そもそもついでに言えば、オフィスソフトをいっぱい使う事務職は、どんな不況でも倍率が高止まりして学校で学んだ人がいてもあり余っているのが現状なわけで…。

何がいいたいかと言うと、日本の教育というのは常に10年以上遅い!!
下手すると、昭和中期からあんまり進歩してないものもある。

一番顕著なのは家庭科の「ミシン」を扱った授業だろう。
そもそも、今家にミシンがある世帯はどれだけあるか?
そもそも、ミシンを使って仕事をしている人間が日本にどれだけいるか?
そんなマニアックなものを今でも教え続けているらしく、ぼくが教育を受けた00年代もミシンの実習はやらされた。

親も先生も教えられない(授業では触れない)ものを、子どもの将来の進路がきまる成績付に使うんだから、もうわけがわからない。

ファッションについて一切教えないどころか、学童らしさを求めて地毛であっても黒髪以外許さない強硬姿勢を貫いているのに、学校を出たら見ることさえなくなるミシンだけを教えるって…考えてみたらもう酷い矛盾だ。
日本中が生産現場の国だった時期ならいいのかもしれないが、今はデザインしたり、売る仕事のほうが多いのだから、本当に家庭科の教育がどうこう言うなら、ファッションがどういうものなのか教えた方が遥かに実用的だろうし、役に立つ人も多いだろう。

日本の教育って、特に実技教育では変にプリミティブなところを教えることに特化してる。
それが栄養学なんかでは面白くて役に立つ部分もあるから全部を否定しないが…習っても仕方がないものについても一向にアップデートされることがない。

2020年以降にプログラミング教育をやるという絶好のチャンスだから時代にあったものを作って欲しい。
読売新聞さんも、「紙vsパソコン」ではなく「プログラミング教育vsツールを使いこなす教育」「一部の専門家にしか伝わらない教育vs誰もが使う可能性が高い教育」という対立軸でちゃんと批判してほしいよ。

 

 

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