温泉むすめから読み解く神道(日本人の宗教観)

オピニオン

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「あなたは神を信じますか?」
と言われて、「私は天照大御神や天皇家を信仰しています」という日本人は少ないと思います。

 

実際問題、私だってそうです。
神の存在や、神がかりにすごい人物・自然・奇跡・神話や語り継がれていくような壮絶な物語の存在は信じています。
しかし、「信仰している神様がいるか?」と言われたらNoです。

 

そうなんです。
日本人が持っている「神道的な世界観」というのは、あくまでも「アニミズム」という価値観なのです。

 

神道と一口に言っても、2つ存在します。

1つは日本人が持っている「アニミズム」的な価値観です。
しかし、ここで勘違いしてほしくないのは「日本がアニミズムの起源」と言いたいわけではありません。
アニミズム的な価値観を持った先住民族は世界中にいましたが…日本だけが「アニミズム的な価値観を他の宗教や制度に染められることなく発展して現代まで生き残った」と言いたいのです。

 

なぜ生き残れたか?を説明する時に必要なのが、「もう1つの神道」です。

それが1つは建国神話(古事記や日本書紀)、さらには皇室といった「国家神道」です。
こちらの神道は…「対外的な神道」「体系化するための神道」であり、本来の日本人が持っている世界観をまとめ上げるためのモノです。

 

たしかに、アニミズム的な世界観は、平和で創造的な世界を作るためには最高の価値観です。
日本でアニメやマンガが生まれたり、色んな分野で天才的な人物が出てきては尊敬されるのはこのアニミズム的な世界観の賜物と言えるでしょう。
一方で、アニミズムには「非科学的で野蛮な習慣が残りやすい」「体系化された思想や法律が存在しないため秩序だった近代的な社会の形成・危機への対応に向いてない」という弱点がありました。

 

日本の神道はアニミズム的な世界観を残しつつも、近代的な社会を作り上げるために、建国神話を広めたり、いざという時には皇室を中心にまとまるようなシステムを構築しました。
それでも、足りない時には外国の体系的な制度を輸入しました。
そうです、古代なら中国の仏教や律令制です。近代なら欧米の法体系です。

武士の時代であっても皇室や建国神話の神々は役立ちます。
現に、武士とは言えども、朝廷から官位や役職を賜る文化はずっと続いていきました。

逆に皇室を中心とする「神道」であっても、大仏を作ったり、明治維新後に近代化を推し進めるリーダーになったりするのも一神教を信じる人達からしたらかなり変わったことだと思います。

 

日本史をちゃんと勉強した人ならこれだけだと片手落ちですが…ざっくりいうとこの流れで合ってます。

厳密には、宗教観の権力抗争は他国より小規模とは言えど、存在はします。
これは庶民のアニミズム的な世界観と矛盾するものではなく、「発展に邪魔」「権力が特定の宗教を支持する」と言った理由から起こるもので、中国や欧米に比べたら結局は多様な宗教が残り続けることが多いです。

とは言え、(明治初期や戦国時代にキリシタン大名の所領では)仏教以外の宗教が権力側を握ると廃仏毀釈運動で排除されたり、江戸幕府が(商人と偽って)宣教師を送り込んでくるポルトガルとの貿易をやめたりしてます。【権力としての宗教】はアニミズム的な世界観だけでは成り立っていない部分もあるので、厳密な歴史を学ぶ時にはそこも注意が必要です。

 

「なんで日本だけこんな特殊なことになっているのか?」
を説明する時に、わかりやすい考え方が【宗教は地理が作る】という考え方です。

砂漠の国々ではイスラム教が強いのは、「資源が限られた過酷な土地に生きるからこそ個々人の自由を制約して協力しあわわなければならない」背景があるからです。

 

日本が「建国神話の神道」と「アニミズムの神道」の二刀流になった理由は

・海を隔てたところに中国があり、外交的に独立を維持し続けるには相応の権威が必要だった。
・一方で、日本国内も海や山に隔てられていて、個別の自然の恵みや災害と向き合う土着の信仰があり、アニミズム的な信仰をないがしろにはできなかった。

ということで「国を作ったのは天皇家のご先祖様だよ。でも、各地の自然の恵みや災害を神やたたりとして神事を行うのは間違ってないよ」という二刀流の宗教にする必要があったわけです。

 

…この辺が温泉むすめや、擬人化キャラが出てくるオタクコンテンツを読む/考察する時の大前提になります。

そもそも、擬人化作品自体が、アニミズムの産物です。
日本人にとっては森羅万象に神が宿っています。神とは宗教の教義や神話に出てくるものではなく、温泉のような自然の恵み・圧倒的な成績や人気を集めた競走馬・在りし時代に日本を守ってくれた軍艦…全部神なんです。

中でも、『温泉むすめ』では露骨に「神道色」が強い作品となっています。

だから、神道について最初に説明しておく必要があるんですね。
日本人やアニミズム的な先住民がいた台湾の方は無意識レベルで理解できる人が多いです。

ですが、アニミズム的な世界観を持ち合わせない人が温泉むすめを読むとちょっとわかりにくいのです。

 

温泉むすめが教えてくれる「オタク文化と神道」の根深い関係

そもそも、温泉むすめとはなんぞや?というと…「神」です。

それぞれの土地の温泉を司る神様です。
鳥居を使ってワープできる他、温泉にまつわる神様が集まる学校に通ってます。

「温泉は温泉でしょ?神じゃないでしょ??」
と思われるかもしれませんが…温泉によっては本当に薬師寺や神社が立ってます。地元では数世紀ほど神様をやってることもしばしばあります。

 

そして、マンガ内に描かれている「鳥居」にも意味があります。

鳥居は神道の様式では「鳥居をくぐった先は神域」です。
神様が集まる場所なので、学校なのに「鳥居がある神域」として描かれてます。

また、制服が和服で明治風の学校であることにもちゃんと理由があります。

日本では明治維新以前は移動の自由がありませんでした。
そのため、どの温泉を知ってるのは地元の人か、戦争や宗教活動などでたまたま訪れた偉人だけなんです。

観光地誘致や温泉そのものをもり立てるために、温泉地(神)同士が日常的に協力し合う必要になったのは明治以降だからこの設定もかなり正しいです。

 

で、この「温泉むすめのための学校」を作ったのが「スクナヒコ」という神様です。

元ネタは古事記・日本書紀に出てくる温泉の神様です。

これ、解釈違いしてる人が「神話の神が土着の神より上なんて、神道を冒涜してる」とか言ってましたが…全然違います。

先述した通り、神道には「国家神道」と「アニミズム的な世界観」があります。
「国家神道」は日本を発展させるために制度を整えたり、有事に1つになるための指針としての神道で、アニミズムは森羅万象を愛したり、たたりとして危ないものに近づかないために言い伝える役割を持った神道です。

 

そうです。
温泉むすめに「学校に通って、温泉地を盛り上げられる一人前の温泉むすめになるため」という目的を与える役割を「国家神道」の神話に出てくるスクナヒコというわけです。

 

で、スクナヒコは「アイドルグランプリ」を開催して、温泉むすめ達をアイドルとして競わせることで温泉地の活気につなげていこうという企画を企てます。

 

…しかし、そこは学生服が今でも明治風な温泉むすめ。

いかんせん、センスが古い!

この3人…温泉地としてはキャリアが江戸時代以前からの温泉地の中堅・ベテラン勢。
温泉地自体が僻地ということもあって、垢抜けてない・アイドルっぽく振る舞えと言われてもそもそもアイドルっぽくならない子もいっぱい出てくる。(最後まで、平成っぽいアイドルに染まらない子もいる)

 

そこで、マンガ版温泉むすめでは…温泉業界(←ココ重要!)の若手に教えを請う。

というわけで、由布院ちゃん登場!
由布院温泉が本格的に栄えたのは1971年に地元の人達がドイツに本気の視察旅行をしてその成果を持ち帰ってからのこと。

この1971年というのがすごく絶妙。
1970年代は「アイドル黎明期」でまだまだソロ活動してるアイドルの方が多く、由布院ちゃんも主人公達のユニットに入る前はソロで音楽活動をしていた。
そして、歌手の中でもアイドルというのが見下されてた時期だから「一緒にアイドルやろう」と言われるとちょっと嫌な顔をするのも、彼女は彼女でちょっと古いことの裏返しになってて面白いところです。

 

平成生まれの私からすれば、由布院温泉が昭和の地域振興運動で成功した優等生だなんて全然知らなかったので、こういう「温泉地の知識」をマンガやキャラクターで学べるのはすごく面白いです。

こうやって、色んな温泉むすめと交友しながらアイドルを結成、他のユニットと競い合うグランプリをやっていくのが温泉むすめです。

 

 

(ここからちょっと腹黒)アイドル×神様がオタクコンテンツでポピュラーな理由は神道にある

これを聞いて、オタク文化の中でも神道に関連した作品への造形が浅い人は

「ありがちな擬人化モノの上に、美少女アニメにありがちなアイドルを目指す感じの作品なんてもう見飽きたよ」
「そもそも、盛り上がりのためにアイドルをやらせるのも昭和のテレビ番組みたいなセンスだ」

というご批判も多いかもしれません。

 

事実、元新潟県知事の米山隆一氏はこんなツイートをしてます。

 

「ありがちな萌え絵ご当地キャラで地域起こし」
ですか…。

 

さっきから言ってる通り、日本の神道的な世界観をかなりうまく切り取っていて、日本中の(1つだけ台湾も含む)を温泉むすめ化され、5年も様々なメディアミックスで活躍し続けたIP(作品及び関連する知的財産権)を「ありがちな萌え絵ご当地キャラで町おこし」ですか!?

 

…ほとんどレッテル貼りなご意見はこのぐらいにしておきまして…説明に入ります。

 

実はですね、オタクコンテンツにおいて
「神様が失った信仰を取り戻すために、アイドルになろう/注目を集めよう」
みたいな話ってけっこうポピュラーなんです。

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かんなぎなんかはその辺の設定をガッツリ取り入れてますね。
アニメ化されたり、炎上したり、アニメ化された時の監督がヤマカンだったり、聖地巡礼したファンをがっかりさせるような対応を舞台となった施設でされたりと全然違う方向で有名な作品ではあるのですが…信仰心と神通力の相関関係を持ち出してるという意味で、日本人にとっての宗教観をうまく説明した作品だと思います。

 

より色濃く「信仰心=神通力」という設定を持ち込んだ作品。
「神だけど、信仰心がないと何もできない」
「信仰心さえあれば奇跡を起こせるから、そのために布教をする」
という神様の口から聞きたくない/神なのに人間から悪用されそうな設定が主軸になっている作品。

一見すると「それ、信じる人の数だけ権威が増していくという点で他の宗教でも同じでは?」と思われそうな内容でもあるんです。

ただ、「神なのに何もできない」「力を取り戻すために、人々から愛されようとがんばる」という人間臭いことを神様にも強いるところが、かなり神道臭いんですよね。

日本的なアニミズムというのは、人々を驚かせるものであれば、それが人間でも自然でも物語でも崇拝する宗教なんです。事実、実在する人物/効能の高いを祀った神社もあれば、みんなが興味さえあれば、誰にでもあるような体の一部を祀った神社もあります。

人々から無関心なものは本当に神だったとしてもあんまり崇拝されないという裏返しでもあるんですね。

 

温泉(むすめ)とてこの原則からは逃れられません。
日本は温泉大国であり、娯楽大国ですから…温泉に来てもらわないと本当に神様だったとしても誰からも信仰してもらえなくなります。

これは、旅館業界の本音のようでいて、実は「実際に信仰とはそういうものだよね」「温泉も人々を癒やす魅力や効能、お風呂に入ってくれる人や街の魅力がなかったらただの温かい湧き水だよね」というわけです。

 

そりゃ、オタクでもなんでもない50過ぎのおじさんには「よくある萌えキャラ」にしか映らなかったかもしれません。
しかしですね…作品としては「日本人のアニミズム的な世界観」をしっかり切り取った上で、町おこしに貢献してる素晴らしい作品なんです。

 

商業的に大ヒットした作品と比べたら、たしかには荒削りなところはあります。
温泉という題材・観光PRキャラということで、イマイチ攻めきれなかったキャラもいることはいます。

しかし、作品の意図するところを考えながら読むと、かなりオタクコンテンツや日本人の宗教観の核心をついてて面白いんです。

 

だからねぇ…荒削りなことを指摘する人はたくさんいるんですが…この画像1枚で処理してもらいたい。

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